森を育て利用する 生物多様性も保全 磯野裕之・王子ホールディングス社長 - 日本経済新聞
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森を育て利用する 生物多様性も保全 磯野裕之・王子ホールディングス社長

脱炭素社会 創る

王子ホールディングスは2050年の温暖化ガス排出量実質ゼロや生物多様性の保全を打ち出した。森林の拡大による二酸化炭素(CO2)の吸収・固定、絶滅危惧種の保護、石油に依存しない木質由来のプラスチック開発などいずれも事業の核である自社保有の森林を生かす。4月に就任し、長期ビジョンや存在意義(パーパス)をまとめた磯野裕之社長は「社有林『王子の森』を育て利用することは、将来に向けた持続可能性の維持につながる」と強調する。

「存在意義」事業運営の根幹に

「森林を健全に育て、その森林資源を活(い)かした製品を創造し、社会に届けることで、希望あふれる地球の未来の実現に向け、時代を動かしていく」。22年5月に3カ年中期経営計画、長期ビジョンとともに発表したパーパスだ。1873年の創業以来、当社グループの事業の核は大切な財産である森林だ。

森林は紙の原料になり、温暖化の原因であるCO2を吸収・固定する機能も持つ。さらに水源の涵養(かんよう)、土砂崩れなどを防ぐ防災といった役割も果たしている。生物多様性、人間に対する癒やしという点でも重要だ。森林は事業運営の根幹をなし、当社の社有林「王子の森」を育て利用することは、今後の環境問題に対応した社会において希望が増え、将来に向けた持続可能性を維持することにつながる。

2050年に温暖化ガス排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)とする「環境ビジョン2050」、その道筋として30年度に18年度比で70%以上を削減する「環境行動目標2030」を定め、20年秋に公表した。

樹種選定や育成に自負

70%削減のうち50%分は森林によるCO2吸収量の純増で達成する。国内外合わせて57.3万ヘクタールの森林を保有するが、すでに社有林があるブラジルやニュージーランド、東南アジアなどで30年度までに約1000億円の費用を投じ約14万ヘクタールを増やす計画だ。候補地については様々な申し出をいただいており、現在検討している。

成長が早い、CO2を吸収・固定しやすい樹種の選定・植樹・育成のノウハウを持ち、効率の高い森林経営を進めてきた自負がある。競合相手はいるものの、蓄積した知見があるため、取得は有利に進められるだろう。

残る20%分は約1000億円を投資し、石炭ボイラーのガスへの転換、省エネ設備への更新などで賄う。国内に15基ある石炭ボイラーのうち予備を除いた12基の燃料をガスに転換する。23年1月完成予定の段ボールの新工場(宇都宮市)には屋上に太陽光発電パネルを設置するなど、再生可能エネルギーの拡大にも取り組む。ロシアのウクライナ侵攻に伴いエネルギー価格が高騰するなど環境が激変しているが、脱炭素に向かう目標や取り組みを変えることはない。

一方、脱炭素と並んで注目を集めるのが生物多様性だ。今年12月には国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)がカナダで開かれ、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のフレームワークが23年9月に策定される。

ブラジルの子会社、CENIBRA(セニブラ)はユーカリを植林し、伐採、チップ加工、パルプ製造まで一貫生産する。植林地25万ヘクタールのうち10万6000ヘクタールの環境保全林で生態系を保全。外部の研究機関や大学、非政府組織(NGO)などと連携し、モニタリング調査を実施、絶滅の恐れのある鳥類31種、哺乳類17種の生息を確認している。絶滅危惧種の鳥類「ムトゥン」などを繁殖・飼育して自然に帰す活動をしている。

国内の保有林は18万8000ヘクタール。民間企業で最大だ。絶滅危惧種の渡り鳥「ヤイロチョウ」や淡水魚「イトウ」などの保護活動をしている。

森の価値PRにチーム

活動を広く知っていただくために、10月にメンバーの一部を社内で公募し、「王子の森活用推進チーム」を設置した。環境配慮型の紙製品などもPRする。例えば、森林の生物多様性を守り適切に生産された製品に付けられる「FSC認証」については日本では認知度が低い。

木がCO2を最も吸収するのは成長している段階だ。伐採して植えるサイクルが極めて重要だが、我々の努力不足もあり十分に知られていない。「森をつくり、森からつくる」。その当たり前を継続することが今後の環境・社会に重要な価値をもたらすと確信している。

木材からプラスチック、紙以外の事業開拓

「2012年の持ち株会社化から10年。森林資源を核として紙以外の分野にも進出する事業構造の転換を目指しているが、多くの事業に可能性がある」。磯野裕之社長が意気込むのが、木質由来の新素材「バイオマスプラスチック」だ。石油由来のプラスチックから脱却しCO2排出量を削減するとともに、トウモロコシやサトウキビなど食料を使わないため、食料事情による需給のひっ迫や価格高騰に左右されにくい利点がある。

同社は木材チップからポリ乳酸やポリエチレンを製造することに成功した。木材チップから製造したパルプを原料として酵素分解で糖液を作り、それを発酵、重合するなどして作る。21年度まで3年間、環境省の「脱炭素社会を支えるプラスチック等資源循環システム構築実証事業」に採択され、テストプラントで研究を進めてきた。磯野社長は「大量生産でどこまでコストを下げられるかが課題だ」と話す。

他社から調達した植物由来のプラスチックであるポリ乳酸を10%配合した包装用フィルム「アルファンG」を既に製品化。木材チップから作ったポリ乳酸を配合した同製品の開発・生産も視野に入れる。23年にもポリ乳酸の試験生産に乗り出す見通しだ。木材チップから、持続可能な航空燃料(SAF)の原料になるバイオエタノールを生産することも可能だという。

セルロースナノファイバー(CNF)にも力を入れている。CNFは木質繊維をナノメートル(10億分の1メートル)単位に細かく解きほぐして作る。透明で軽くて丈夫、変形に強いといった特徴を持つ。石油由来の材料から置き換えることで環境負荷を低減できる。建築現場やスポーツ用品、化粧品など幅広い製品への採用事例が増えている。

一方で最近引き合いが増えているのが、環境配慮型の紙製品だ。環境保護意識の高まりからCO2排出量やプラスチック使用量の削減を狙う食品などのメーカーが増えてきた。ラミネート紙には石油由来のプラスチックが使われることが多い。代わりに植物由来のポリ乳酸を使い、燃やしても大気中のCO2を増やさない点をアピールする。

ストッキング、ナッツ、カミソリ、粉末飲料……。この1年あまりで王子グループの紙製品を外袋に使った取引先の製品だ。同社によると、素材製造・加工・廃棄の各段階のCO2排出量は紙パッケージがプラスチック包装に比べ60%削減できた実績もある。「紙パッケージを選ぶ取引先が増えている」(イノベーション推進本部)という。

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