生物多様性は経営基盤 情報開示へ今から準備 - 日本経済新聞
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生物多様性は経営基盤 情報開示へ今から準備

NIKKEI脱炭素プロジェクト分科会(生物多様性と自然資本)

脱炭素社会の実現を後押しする「NIKKEI脱炭素プロジェクト」は2年目に入り、地球規模で緊急性が高く、脱炭素委員や参画企業の関心が高い個別テーマを分科会形式で議論することを決めた。よりよい地球のために個人、企業、日本、世界が何をすべきか。気候変動とともに重要な課題となっている「生物多様性と自然資本」をまず取り上げ、6~7月の2回にわたり専門家を交えて活発な議論を繰り広げた。

新目標を見据え分科会

生物多様性と自然資本はカーボンニュートラル(脱炭素)と両輪だ。世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5度に抑える目標はパリ協定や21年11月の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で決まった。この目標達成には二酸化炭素(CO2)を吸収する森林を育成し、温暖化に伴う水害が増える中で自然が持つ防災機能を高めることが求められる。

新型コロナウイルスの世界的大流行で何度も延期されてきた生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が12月にカナダで開かれる。30年までの新しい国際目標「ポスト2020生物多様性枠組み」(GBF)が最終合意される見通しだ。これに加えて、民間では「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のフレームワークが23年9月に策定される。TNFDは気候変動の「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」と対になる。

NIKKEI脱炭素委員会(委員長・高村ゆかり東京大学未来ビジョン研究センター教授)は議論を深掘りするため様々な分科会を設置する。生物多様性と自然資本分科会は「日経ESG」シニアエディターの藤田香氏(東北大学大学院教授)が座長を務める。藤田氏は「生物多様性と自然資本は原材料調達など企業活動や我々の暮らしの基盤だ。企業の情報開示をもとに金融機関が投融資する流れがこれから始まる」と話している。

後追いではなく主導で

環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性主流化室室長 谷貝雄三氏(肩書は開催時)

生物多様性とビジネスについて話したい。COP15が12月にカナダで開かれ、30年までの新しい国際目標「ポスト2020生物多様性枠組み」(GBF)が最終合意される見通しだ。民間では「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のフレームワークが23年9月に策定される予定だ。

世界経済フォーラム(WEF)が22年1月に発表した今後10年の最も深刻なリスク上位3位は気候変動対策の失敗、異常気象、生物多様性の損失だ。英ケンブリッジ大のパーサ・ダスグプタ名誉教授は21年2月に発表した報告書で、人類の需要は財・サービスを供給する自然の能力の約1.6倍に達すると指摘した。

こうした状況を踏まえ、今議論されているのがGBFだ。50年のゴールと30年のターゲットが掲げられている。30年のターゲットでは「すべてのビジネスが生物多様性への依存および影響を評価・報告・対処し、悪影響を半減」といった緊急に取るべき行動を挙げている。

我々は目標の後追いではなく、むしろ我々から積極的に動き出す。新しい生物多様性国家戦略では「ネーチャーポジティブ」という大きな目標を掲げる。生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる。ネーチャーポジティブ、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー。3つは表裏一体だ。カーボンニュートラルの実現にはネーチャーポジティブによる炭素の吸収源確保が不可欠だ。

TNFDについては21年9月にフレームワークを詰めるタスクフォースやフォーラムが設置された。開示勧告のベータ版ではガバナンス(企業統治)、戦略、リスク管理、指標と目標の4つに分けており、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)と非常に似通っている。

21年の主要7カ国首脳会議(G7サミット)では30年までに陸と海の30%以上を保全する「30by30目標」などが合意された。国内では里地里山や企業の水源の森など民有地を「保護地域以外の生物多様性保全に貢献している場所」(OECM)として環境省が認定し、30%に組み込む。22年度から「自然共生サイト(仮称)認定実証事業」を始め、23年度から認定する。日本発の取り組みとして企業の参画を期待する。

TNFD、23年9月に最終提言 LEAPアプローチで試行

TNFDタスクフォースメンバー MS&ADインシュアランスグループホールディングスサステナビリティ推進室 TNFD専任SVP 原口真氏

「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」は国連開発計画(UNDP)などの4団体によって、2021年6月に正式発足した。世界の国内総生産(GDP)の約半分が自然に依存していることがわかり、この問題に取り組まないと世界経済の持続可能性も危ういという考えに立っている。

企業活動を原因とする天然資源の減少や、結果として生じるリスク・機会を企業が管理し情報開示するためのフレームワークをつくっていて、最終提言を23年9月に出す予定だ。今年3月にフレームワークのベータ版第1弾、6月に第2弾を出した。

TNFDの特徴は準備段階からマーケットの関係者にアイデアを出し、フィードバックをもらっていることだ。共同議長2人の下で働くタスクフォースメンバーもマーケットから選ばれ、専門家のサポートのもと実際に使う側の人間がつくっている。私も様々な方の後押しでメンバーになり、日本から提案できるチャンネルを確保できた。

気候やカーボンはインデックスとしてCO2を共通のユニットで測っていけるが、ネーチャーの場合は多種多様なメトリックスで捉えていかないと測れない。自然はなかなか聞こえないし、見えないし、勝手に動くので存在が捉えにくい。

これをどうやって把握していくか。開示の枠組みは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の4本柱を踏襲している。ただ、違うのはロケーションの項目だ。TCFDの場合はスコープ1、2、3で総体としてどれぐらいCO2を排出するかという捉え方になるが、自然関連のリスク・機会は場所ごとにひもづくので場所を見つけ、場所ごとに見ていく必要がある。

大事なのは「発見する」「診断する」「評価する」「準備する」のLEAPアプローチで、まずやってみること。マンデトリー(義務化)になる前にいろいろ試し、準備しておくことが重要だ。7月、キリンホールディングスが自然関連のリスク管理をLEAPのフレームワークで整理したものを発表した。これがおそらくTNFDのフレームワークを使った世界初の開示トライアル事例で、注目されている。ほかの企業の皆さんもどんどん試して結果を教えてほしい。

プロジェクト参画企業

自然保全に4つの保険

三井住友海上火災保険経営企画部サステナビリティ推進チーム長 関口洋平氏

損害保険はリスクを扱うビジネス。気候変動のみならず生物多様性への影響も長く研究、貢献してきた。05年からインドネシアの熱帯林再生に取り組んでいる。350ヘクタールに約40万本を植樹した。地元小学生への環境教育、地元農民への農業技術指導など継続している。この取り組みを踏まえて07年以降毎年シンポジウムを開催。08年に「企業と生物多様性イニシアティブ」(JBIB)を発足させた。22年度には環境省の自然共生サイト(仮称)認定実証事業にも参画。6月には海洋汚染の対応費用や森林火災後の再造林費用を補償するなど、自然資本・生物多様性の保全回復に資する保険商品4つを相次ぎ発売した。

自社林で希少動物保護

王子ホールディングスサステナビリティ推進本部広報IR部長 池田和氏

当社は「木を使うものは木を植える義務がある」との理念の下、持続可能な森林経営をやってきた。20年に発表した環境行動目標2030には「生態系への配慮」を掲げ、環境負荷ゼロへの挑戦や生物多様性保全をうたっている。22年4月には「持続可能な森林管理方針」を定めた。国内外の社有林は57.5万ヘクタール。このうち国内は18.8万ヘクタールあり、国に次いで民間企業で最大の森林保有企業だ。森には木材生産のみならず、生物多様性保全、水源涵養(かんよう)、土壌保全など様々な機能が備わっている。当社は国内外の社有林で絶滅危惧種の「イトウ」や「ムトゥン」などの保護活動を積極的に展開している。

経済両立の仕組みを

ボストン・コンサルティング・グループマネージング・ディレクター & パートナー 内藤純氏

生物多様性を毀損しているのはどの産業か。当社の分析では全体の5割が食品・飲料。次いで25%がインフラ・モビリティー、10%がエネルギー、10%弱がファッションだ。4つの業界で全体の9割超を占める。気候変動ではエネルギーセクターのインパクトが大きいが、生物多様性では食品だ。収穫から消費までのプロセスでどの段階でどういう生物多様性を毀損しているか、かなり解明が進んでいる。食品では最も川上の農業の影響が大きい。大量の肥料や農薬を使う従来農法に対して、農地に生態系をつくる再生農業が注目されている。環境価値と同時に経済価値を実現する仕組みづくりが必要だ。

コストか、投資機会か

大和証券グループサステナビリティ・ソリューション推進部長 清水一滴氏

投融資の観点から生物多様性の保全についての議論は2点ある。1点目が脱炭素における議論と同様、社債の発行体、企業側はコストとみなし、ダイベストメント(投融資の引き揚げ)されることを想起する傾向だ。一方で投資家、アセットマネジャーやアセットオーナー側は、企業が利益を上げられるチャンスがあるのか、ポジティブにとらえたいと考える見解も示す。2点目が開示だ。有価証券報告書には「事業等のリスク」という開示項目がある。リスクは変動の大きさを示すが、企業からすればプラス、マイナス両面がある。TNFDを踏まえて、今後、開示の手法について議論が出てくるだろう。

経年優化で街づくり

三井不動産執行役員広報部長 藤岡千春氏

当社は不動産デベロッパーとして自然との調和、生物多様性は大きなテーマとして取り組んでいる。北海道には4割が天然林、6割が人工林の約5000ヘクタールの森林を保有する。天然林は自然のまま保全をし、人工林は計画的な植林・管理を行うとともに、木材として建築資材などに使用し、「終わらない森」づくりを行っている。今後については、首都高速道路の地下化で日本橋に青空を取り戻すプロジェクトが進んでいる。「豊かな水辺の再生」を目指し、生物多様性にも貢献していく。引き続き「経年優化」の思想のもと周辺環境との調和や生態系保全に配慮し、街づくりを通じた社会課題の解決を推進していきたい。

顧客の事業通じ貢献

EY Japanチーフ・サステナビリティ・オフィサー 滝沢徳也氏

生物多様性が取り上げられるのは、重要性が増したからだ。EYはクライアント、社会経済、自社の変革を促し、それぞれにおける長期的視点での価値創造を実現することを活動方針に掲げている。社会的価値を生み出す要因として「環境・カーボンフットプリント」とともに「生物多様性と土地利用」を挙げている。クライアントからの問い合わせも増えている。自社ビジネスの自然との関係や影響、リスク評価、対応などLEAPアプローチと呼ばれる4カテゴリー17段階のステップによる分析、開示が必要だと説明している。クライアントのビジネスを通じた貢献が大きいと考えており、力を入れていきたい。

サステナ投融資で支援

みずほフィナンシャルグループ戦略企画部サステナビリティ推進室参事役 杉浦卓氏

22年4月にサステナビリティへの取り組みに関する基本方針を改定した。環境・経済・産業・社会における価値と、当社における価値の同時実現を目指している。19〜30年度のサステナブルファイナンスの目標は25兆円(うち環境は12兆円)。21年度までの3年間に13.1兆円(うち環境は4.6兆円)を達成した。例えばタイの水産加工大手に対して水産資源保全に資する目標の達成状況に応じて金利が変動するシンジケートローンを組成した。国内の中堅・中小企業に対しては、行内資格を持つ担当者約2000人が課題の明確化や目標設定などを無償支援するファイナンス商品などを提供している。

NIKKEI脱炭素委員会委員

関心高め取り組み加速

国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問 末吉竹二郎氏

日本では気候変動に比重がかかっていて、世界に比べ生物多様性への関心はまだまだ低いと感じる。このバランスをどうやってイーブンにしていくのか。最新データに基づいて危機感を醸成し共有していく必要がある。

現実は非常に厳しく、国際自然保護連合のレッドリストによると、絶滅危惧種が初めて4万種を超えた。取り組みのスピードアップが重要だ。

日本の投資家も活用を

CDP Worldwide─Japanディレクター 森沢充世氏

今年から金融セクター向け質問書では、気候変動に水セキュリティーと森林減少に関する質問を統合した。これは、水や森林課題の重要性が増す中、金融セクターが自身のポートフォリオでの影響を考慮すべき課題となっているためだ。海外投資家は企業リスク評価に取り入れ、投資先企業へのエンゲージメントを開始しており、日本の投資家にも広めていきたい。

ボトムアップ進めて

アセットマネジメントOne運用本部責任投資グループシニア・サステイナビリティ・サイエンティスト 田中加奈子氏

脱炭素社会へのトランジション(移行)における教育、人材育成が非常に重要だ。特に中小企業への働きかけは行き届かない可能性があり、ボトムアップを進めていく必要がある。例えば、エネルギー管理士のようにSDGs管理士制度を政府主導で進め、各企業の戦略との統合化のための方策をぜひ考えてもらいたい。コストをどう下げていくのかも大きな課題だ。

本業とどう直結するか

三菱UFJリサーチ&コンサルティングフェロープリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト 吉高まり氏

生物多様性はわかりにくい。企業がこれをビジネスにする際にはストーリー、本業とどう直結するのかが大切だ。多様性から新たなビジネスチャンスも生まれる。日本はこのブリッジが弱い。

今年11月に開かれるCOP27議長国はエジプトで、海洋資源の保全のフレームワークをつくると言っている。気候変動と生物多様性を分けて考えてはいけない。

キーワード解説



▼ポスト2020生物多様性枠組み(GBF)
 2020年までの国際目標であった「愛知目標」に代わる30年までの新たな国際目標。12月の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)での採択を目指し、各国間で交渉が行われている。
 絶滅危惧種が増加の一途をたどるなど生物多様性が低下し続けていることを受け、50年までに自然と調和して生きるというビジョンを掲げる。
 50年のゴールと、緊急に取るべき行動として30年のターゲット(マイルストーン)を設定。ゴールは4つあり、特に大きなゴールとして日々の経済活動に生物多様性を組み込んでいくことが求められている。

▼ネーチャーポジティブ
 2030年までに世界の生物多様性の損失をゼロにし、回復基調に乗せること。多くの数値目標が定められ、企業も対応を求められる。自然を優先する、増やす、損失をプラスに転じさせることなどを意味する。
 投資家が企業を選別する際、自然を優先するネーチャーポジティブを目指しているかが重視されるようになっていて、TNFDも世界の資金の流れをネーチャーポジティブに貢献できるように変えることを目指している。今後、取締役会や最高経営責任者(CEO)は自然リスクの報告や、年次報告書での定量・定性を組み合わせた自然に関する情報開示が求められる。

▼30by30
 2030年までに生物多様性の損失を食い止め回復させる(ネーチャーポジティブ)というゴールに向け、陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する国際目標。21年の主要7カ国首脳会議(G7サミット)で合意された。
 ポスト2020生物多様性枠組み案の主要な目標として検討され、国内ではGBFに先立って「30by30ロードマップ」を策定。国立公園などの保護地域の拡張と管理の質の向上に加え、地域の力を結集してOECMの目標達成を目指す。吸収源やEco-DRR(生態系を活用した防災・減災)として気候変動対策に貢献することも期待される。

▼OECM
 Other Effective area-based Conservation Measuresの略。国立公園などの保護地区ではないが、生物多様性を効果的かつ長期的に保全しうる地域をさす。2010年に名古屋で行われた生物多様性条約第10回締結国会議(COP10)で愛知目標をつくった際に生まれた言葉。人の適切な営みにより結果として自然が守られてきた場所の重要性を日本が主催国として提起した。農業や林業など生産活動でも自然保護に貢献する可能性があるという考えを広め、保護地域以外での保全も目標になった。日本では里地里山や企業の水源の森などが認定され、民間ベースでボランタリーに保全エリアをつくろうとしている。

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