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地方産映画の先駆け「パイナップル・ツアーズ」再上映

今から30年前の1992年に公開された真喜屋力、中江裕司、當間早志監督「パイナップル・ツアーズ」のデジタルリマスター版が作られ、5月から再上映される。スタッフ・キャストの大半が沖縄の人で、全編を沖縄で撮影、沖縄方言に日本語字幕が付くという沖縄産映画。近年盛んに作られている地方産映画の先駆けといえる作品だ。

「具良間島」という架空の離島で米軍の不発弾を巡って起こる3つの物語からなるオムニバス映画。3監督が1編ずつを担当。スタッフ・キャストを伊是名島に集め、2カ月かけて撮った。

「やりたいことを全部詰め込んでいる。これほど、はじけた映画はこの後でていないんじゃないか」。真喜屋はデジタルリマスター版を見てそう感じた。地方自治体や企業などの主導で作られる近年のご当地映画の無難な「滑らかさ」とは違う。中江も「行政のことなどまったく頭になかった」と振り返る。

「ウチナーンチュ(沖縄人)が自分たちの映画を渇望していると感じていた。インド映画が各地方の映画で成り立っているように、沖縄の人も自分たちの映画が見たい。地元のスターもいるし、やれるんじゃないかと思った」と中江。沖縄を描いた日本映画に「本当の沖縄が映っていない」という沖縄人の不満を感じていた。

沖縄に生まれ、子どものころに本土復帰を迎え、本土化の歩みをつぶさに見てきた真喜屋にも「そうじゃない」という思いがあった。90年代はそんな沖縄の若者の思いが出版や音楽など様々なジャンルで爆発した時代でもあった。

プロデューサーの代島治彦はジャン・ユンカーマン監督「老人と海」の宣伝活動中に、琉球大学の映画研究会にいた真喜屋、當間と知り合った。「外から来てイメージを搾取するのでなく、本当の沖縄を描きたい。それなら沖縄にいる表現者の卵たちに撮らせるのが面白いと思った」と代島。

キャストは本土出身という設定の2人を除いて全員が沖縄の人。沖縄芝居の平良とみ、音楽家で漫談家の照屋林助も出演している。撮影と録音はドキュメンタリー畑のスタッフで、それぞれのチーフ助手をあわせて4人だけを東京から呼んだが、残るスタッフはすべて沖縄で集めた。

「全員素人。僕らの自主映画のルールはあったが、プロの現場のシステムは全く知らない。おかげで映画の黎明(れいめい)期みたいな作り方ができた」と中江。たとえば撮影用のクレーンがなかったので、クレーンを自作した。「いろいろな人を巻き込んで渦みたいなものができた。現場は混乱につぐ混乱だったが、作りたい映画の最終目標はぶれなかった」

那覇でも東京でも盛況だった。ただ、離島の巡回上映では挫折を味わった。島民は年寄りと子どもばかりで、併映のアニメ映画だけを見て帰ってしまう。「悔しかった。おじい、おばあに通じる映画を作ろうという思いが『ナビィの恋』(99年)につながった」と中江は回想する。

5月7日から那覇の桜坂劇場、14日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで。全国順次公開。

(古賀重樹)

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