舩橋淳監督がセクハラ巡るディスカッションドラマ

「ビッグ・リバー」「フタバから遠く離れて」の舩橋淳監督が異色のディスカッションドラマを撮った。セクハラ事件の被害者と同僚たちが職場旅行先の保養所で事件について延々と議論する「ある職場」(3月5日公開)だ。
米国で映画を学び監督となった舩橋は2007年に帰国し「日本社会のジェンダー不平等に驚いた」。例えば夫婦別姓を通そうとしたら、生命保険に入れず、住宅ローンも組めない。「みなが感じる違和感、時代の無意識に向かってカメラを構える」という監督にとってセクハラは重要なテーマとなった。
舩橋はあるホテルチェーンでのセクハラ事件について取材し、事件そのものより、その後に被害者が組織の中で生きていくことのつらさ、上層部が密室の中で意思決定し、なあなあでもみ消す日本企業の体質を痛感した。しかし取材対象者に名前や顔を出すことを拒まれ、ドキュメンタリー化は断念。セクハラの後日談に焦点をあてたフィクションとして映画化することにした。

方法は大胆だ。「取材に基づくキャラクターのアイデアを俳優たちと話し合い、即興劇にして、それをドキュメンタリーのように撮った」。事前に決めたのは12人の登場人物の設定と大まかな流れだけ。セリフは書かず、話す順番も決めない。監督自らカメラをもち「次にどう展開するかわからないまま、カメラをぶんぶん振りながら、発見するように撮った」。1テークが2時間を超えることもあった。
それはテーマの要請であると同時に、純粋に映画的な探究でもあった。「画面に映る人間の実存を撮りたい。俳優の前向きな演技のエネルギーでなく、ただそこにいる人間のありのままの姿を撮りたい」と舩橋。米国で学んだ演技メソッドを生かし、それぞれの役が腹の底で思っている目的だけを俳優に意識させた。それによって「俳優がその瞬間の自分の人生を生き、自分の意志で発語した」。
俳優本人がキャラクターを信じられるまで話し合いを重ねたが、リハーサルはしなかった。監督としては「頭がパンクしそうになった」。俳優が自由に話している状況で「使えるカット、使えないカットを考え、頭の中で編集しながら撮る」からだ。撮影時間は60時間に及んだ。役それぞれの感情がぶつかり合い「俳優も僕も予想できない展開になった」。
画面を白黒にしたのは「精神状況が切り立つような映画にしたかったから。出口の見えない議論の中で、それぞれの俳優の実存が見えてくる。セクハラというより、人間の尊厳の問題が見えてくる。そんな映画にしたかった」。
「この方法が普通の映画に応用できるかどうかは難しい」という舩橋だが「実は同じメンバー、同じアプローチで次の映画を撮った」。テーマは「日本の自己責任社会」。ディスカッションドラマの次の展開が楽しみだ。
(古賀重樹)