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「司令塔」機能 有事にらむ 感染症会議提言

コロナの教訓、平時から産官学民で備え

新型コロナウイルスとの戦いが長期化する一方で経済・社会の平常化も探り始めた世界のなかで、日本では「流行第8波」の懸念が高まる。11月15、16両日、日本経済新聞社が都内で開いた第9回日経・FT感染症会議(共催・英フィナンシャル・タイムズ、議長・尾身茂結核予防会理事長)は緊急提言を盛り込んだ「東京感染症ステートメント2022」を採択、内外の第一人者らが感染症有事へ体制整備を訴えた。内閣官房に創設予定の内閣感染症危機管理統括庁を司令塔とし、産官学民の連携で平時からの備えを求めた提言内容は、3年にわたるコロナ禍を教訓に混乱回避を探究する強い思いが原動力となった。

【司令塔機能】危機管理統括庁 専門家と協働

《ポイント》政策提案などに当たる専門家集団と、ワクチン研究開発に当たる企業や医療機関などのネットワークを構築。司令塔となる「内閣感染症危機管理統括庁」と厚生労働省感染症対策部の3者が分担して役割を果たす体制を整える

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)を受け、政府内では様々な政策を打ち出し、助言や状況分析を担う複数の専門家組織が発足した。だが、政策を決定するプロセスが明確でなかったり、政策を決定した後の実行が必ずしも十分でなかったりすることによる混乱もみられた。

こうした反省に立ち、政府は2023年度にも「内閣感染症危機管理統括庁(統括庁)」の創設を予定。司令塔機能を強化する方針を固めている。

感染症会議では、コロナ禍において国や自治体、研究機関などの現場で対応に当たった経験を持つ登壇者が、司令塔と専門家、その連携役の3者が分担すべき機能を議論。有事対応を確実に進めるためには、専門家が必要な調査・研究を機動的に行い、対策を提案できるようにし、司令塔となる危機管理統括庁が対策の決定や実行、市民へのコミュニケーションを担うことを明確化する協働体制が不可欠とする線で識者と意見を集約した。

専門知識の豊富さだけでなく、実際に対策を提案できる資質を持つ専門家の育成も急務だとする指摘も続出。提言に盛り込んだ。

《ポイント》3者の連携を定期的に点検する仕組みを設ける

新型コロナ対応では政府の専門家会議や分科会、厚生労働省のアドバイザリーボードが稼働。合計70本以上の政策提言を取りまとめた。

多くの提案は採用されたが、採用しない場合に政府はその理由を十分に説明しないことがあり、政策の意思決定プロセスの不透明さにつながった。会議の議論では、対策案が提案後どうなったかを明らかにすることが重要という認識で一致した。

有事に向けた体制を整えるだけでなく、その取り組みを記録に基づいて点検する透明性のある仕組みを設けることで、体制の正当性を示すべきだという指摘も多く、平時などには第三者の検証委員会を設け、3者の連携が機能しているかを評価する仕組みの検討も提言する方向となった。

《ポイント》地方の医療提供の差なども考慮しつつ都道府県、市町村レベルでも3者の連携体制を構築する

感染症会議では地方にも議論が及んだ。地方の感染状況や医療提供体制などは自治体ごとに様々なのが実情。地方にも3者の連携体制を構築、専門家集団の中に自治体で対策遂行に携わる人材を含めることにより、地域の事情に沿った対策づくりを可能にすべきだという声が強く、提言でもこの点を明示することになった。

【100日ミッション】国産化実現でワクチンや治療薬確保へ

《ポイント》診断薬や治療薬、ワクチンの国産、世界への供給もにらんで製造拠点を強化、原材料の国内サプライチェーンも構築する

新型コロナウイルス感染症発生から3年近くたってなお実現していないワクチンや治療薬の国産。パンデミックという有事においては欠かせない「危機対応医薬品(MCM)」をいかにして確保するか、感染症会議では国内の製薬企業や政府、大学などから登壇した参加者が強い危機感を共有した。

世界では、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まってから1年以内に米ファイザーと米モデルナが有効性の高いワクチンを実用化。自国のみならず世界中に大規模に供給された。

主要国の中でワクチンや治療薬の国産化努力を強化する動きも広がっており、2021年6月には英国で開いた主要7カ国首脳会議(G7サミット)は「100日ミッション」に合意した。これは世界保健機関(WHO)が新たな感染症について「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言してから100日以内に安全で有効なワクチンや診断薬を実現し、治療方法を確立するという目標で、各国で実現に向けた取り組みが加速している。

こうした状況を踏まえ、政府は21年6月に「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を閣議決定し、22年3月にワクチン研究開発を推進する「先進的研究開発戦略センター(SCARDA)」を設立した。会議の議論では、研究開発の前後に相当する感染症の情報収集や薬事規制、製造などの体制強化、国際機関・組織で活躍できる人材育成に平時から取り組むことを求める声が上がった。

日本はワクチンなどを製造する原材料や部材を海外に依存しており、新型コロナのパンデミックで調達に支障をきたした。このことから国内のサプライチェーンの必要性を訴える声も上がった。

企業からは緊急時に治験を進める体制整備や、感染症薬を事業として成立させる支援の必要性も指摘された。

《ポイント》日本の強みである診断薬や迅速検査薬は海外にも供給、地域でも活用可能にする。日本のデジタルの画像診断技術なども活用する

「100日ミッション」では、100日以内にワクチンなどを実用化することを目指すだけではなく、低所得国も含めて公平に供給することも目標としている。会議ではこの部分に対する日本の貢献についても議論された。

日本の強みである診断薬や迅速検査薬、デジタルを活用した画像診断技術を組み合わせて海外に展開し、医療機関だけでなく地域で広く活用されるようにすることを目指す方向でも一致。100日ミッションの実現によって国際社会にさらに貢献し、日本が感染症分野で存在感が高まることを期待する声が相次いだ。

【市民参画】納得感醸成へ行動科学を応用

《ポイント》国や自治体の対策の実効性を高めるため、財源を確保して行動科学やソーシャルマーケティングの専門家を育成する

ワクチン接種、マスク着用、外出自粛――。新型コロナウイルス感染症の流行を抑え込むには市民の行動変容が欠かせないが、足元ではワクチン接種は伸び悩み、感染対策への市民参画がうまく機能しているとはいいがたい。

感染症会議では、市民が納得して行動し、主体的に感染対策に参加できるようにするため、行動科学を応用した「ソーシャルマーケティング」に注目。商業のマーケティング手法を社会課題解決に応用しようというもので、人々が商品に価値を感じて購入するのと同様、感染対策に価値を認識し、行動変容につなげることを目指す。全国意識調査の結果を踏まえ、コロナ対策で国や自治体、企業などの取り組みに携わる登壇者が市民参画のあり方を議論した。

会議では英国から、感染症対策へのソーシャルマーケティングの活用が進んでいる実態について報告があった。英国では2004年から政策にソーシャルマーケティングを取り入れる検討が始まり、多くの政府機関、公的機関など幅広い実務者へのセミナーやトレーニングプログラムを実施し、健康増進の取り組みなどにつなげてきた。会議では日本でもそうした取り組みが始まるよう期待が示された。

また、英国で20年の段階でこの手法を使ったワクチン接種ガイダンスが策定されたことを踏まえ、日本でも行動科学およびソーシャルマーケティングの活用に向けた実践的ガイドラインを策定するという方向も確認された。

《ポイント》市民、政治家、専門家による対話の場をつくる

ソーシャルマーケティングでは様々な人々が対話することで、それぞれの立場や行動の真意について理解と合意形成が進む可能性が高まるとされる。

新型コロナの感染症法上の位置づけについて、結核などと同じ厳しい対策を求められる「2類」相当から、季節性インフルエンザと同じ「5類」相当に引き下げるかどうかが注目されている。こうした「出口戦略」の議論が進む時期を捉え、市民、政治家、専門家による対話の場をつくるというアイデアが出た。市民団体や大学などの関係者が主催し、いくつかの自治体で開催して広げていくことが提案された。

【G7広島に向けて】議長国日本、議論主導に期待

《ポイント》新型コロナで感染症対策の重要性が再認識されるなか、結核やマラリア、エイズはもとより感染症全般の危機管理にコミットすべきだとアピールする

新型コロナウイルス感染症の流行では国境を越えた連携のあり方も課題となった。ワクチンは世界保健機関(WHO)などが公平な分配実現に動いたものの、先進国で自国主義が広まり、必要な数が行き渡らなかった。途上国では、感染対策のインフラとなるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)が整わず、流行収束を阻む大きな要因の一つとなった。さらに、新型コロナの流行は結核やマラリアといった既存の感染症対策にも悪影響を及ぼし、コロナ以外の疾患の死亡者も増える結果につながっている。

こうした事態を改善するため、感染症会議では登壇者有志らをメンバーとする複数の部会が年間を通じて活動。マラリアや薬剤耐性(AMR)などのテーマについて、産官学共同で対策推進を話し合い、具体策を実行に移している。

今年は会議開催前、AMRと「顧みられない熱帯病(NTD)」の2つの部会が日本政府に提言を提出。来年、日本が主要7カ国(G7)の議長国を務めるのをにらんだもので、それぞれのテーマをG7の場で議題とし、合意文書に盛り込むよう求めた。

日本は1961年に皆保険制度をスタートさせた。感染症対策の基盤となるUHCの分野でも世界の議論を主導してきた経緯があるだけに、新型コロナの流行を経た来年はG7議長国としてどう動くかを注目されている。会議参加者の間からは、この機を生かし、UHCへの日本の貢献を積極発信するよう求める声が上がった。

さらに、採択した提言の柱として感染症有事をにらむ司令塔機能を盛り込んだことを踏まえ、平時から結核や性感染症、AMRなどの対策を進め、日本の存在感を国際社会に示すべきだという意見が相次いだ。提言に盛り込んだ諸対策の実効を維持、向上させていくため、継続的な予算措置を求める主張も聞かれた。

緊急提言ポイント

【司令塔機能】

▽感染症の有事に向けた政策提案などに当たる多様な分野の専門家集団と、ワクチンの研究開発に当たる企業や医療機関などのネットワークを構築。司令塔となる「内閣感染症危機管理統括庁」と、連携役を務める厚生労働省感染症対策部の3者が分担して役割を果たす体制を整える。

▽専門家ネットワークは感染状況などの「リスクの評価」と「対策の立案・修正に必要な調査・研究」を実施し対策案を司令塔に提案する。

▽研究開発関係ネットワークは医療機関や規制当局、企業からなり「ワクチン・治療薬・診断薬などの研究開発」を推進する。

▽司令塔の内閣感染症危機管理統括庁は「感染対策の最終決定・実行・フォローアップ」の役割を担う。決定した対策について国民が納得できる「コミュニケーション」と「進行中の調査や研究開発の全体像把握」も実施する。

▽調査・研究や治療薬などの開発は専門家側からの提案だけでなく国も感染状況に応じて要請する。

▽感染症や公衆衛生、ワクチンなどの研究開発だけでなく危機管理、コミュニケーションなど多様な分野の人材を平時から育成する。

▽3者の連携機能を定期的に点検する仕組みを設ける。

▽地方の医療提供体制などの状況を踏まえ都道府県、市町村レベルでも3者の連携体制を構築する。

▽平時から薬剤耐性(AMR)や結核、性感染症などの対策やそれを支えるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進に取り組み、国際社会での貢献を高める。

【100日ミッション】

▽個別の疾病ごとに対策が進められてきた感染症を一体的に捉えて対策していく。

▽「100日ミッション」実現などで日本がリーダーシップを発揮するため、感染対策の意思決定に重要な役割を果たす国際機関・組織で活躍できる人材育成にオールジャパン、ウィズジャパンで取り組む。

▽感染症有事に自国もしくは海外で開発される診断薬や治療薬、ワクチンを国内で製造し、世界に供給できるよう平時から製造拠点を強化。原材料などのサプライチェーンも国内に構築する。

▽日本の強みである診断薬や迅速検査薬を海外にも供給し、医療機関だけでなく地域でも活用できるようにする。日本のデジタルの画像診断技術なども活用する。

▽薬事規制の国際調和を進める。

【市民参画】

▽国や自治体の対策の実効性を高めるべく行動科学やソーシャルマーケティングの専門家を育成し、財源も確保する。

▽具体的には新型コロナの「出口戦略」に向けて一定程度の合意を形成するため市民、政治家ら意思決定者、専門家の対話の場をつくり、行動科学およびソーシャルマーケティングを活用して納得感を醸成。その実践的ガイドラインの策定や、平時から活用可能で、有事に転用できる健康情報アプリといったデジタルプラットフォームの構築なども検討する。

【G7広島に向けて】

▽新型コロナをきっかけに感染症対策に関する重要性が再認識されているなか、結核、マラリア、エイズはもとより感染症全般の危機管理に国際社会全体でコミットすべきだと国際社会にアピールする。具体的には「感染症対策を俯瞰できる人材の育成」「国際治験の体制整備」「100日ミッションの実現」など。

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日経・FT感染症会議

「日経・FT感染症会議」は、国内外の企業、行政機関・団体、アカデミアなどすべてのステークホルダーが一堂に集まる国際会議です。2014年に「日経アジア感染症会議」として始まり、具体的なアクションプランを日経グループのグローバルメディアを通じて国内外に提起してきました。本年は第8回アフリカ開発会議(TICAD8)と連携し、感染症有事に強いグローバルヘルスの在り方や日本の貢献を議論。G7サミットなどをふまえて薬剤耐性(AMR)対策についても発信します。

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