仲代達矢、役者70周年の舞台「左の腕」に精彩

12月に89歳となる仲代達矢が「役者七十周年」の節目の舞台を開幕させた。主宰する無名塾の公演「左の腕」で、年齢を感じさせない壮健さに客席から驚きの声が上がる。コロナ禍のなか東京の自宅で足腰の鍛錬に欠かさず臨み、殺気あふれる殺陣までみせた。「一生修業」を肝に銘じ「来年90歳、どこまでやれるか」と思いを明かしている。
11月13日、石川県七尾市の能登演劇堂。西日本を中心とする今回の巡業も恒例により、この無名塾の本拠で初日を開けた。「左の腕」は松本清張原作の時代劇で、主人公は前科を示す入れ墨を包帯で隠す老いた飴(あめ)細工売り。何も知らぬ娘とつつましく暮らすが、押し込み強盗が現れると、閃光(せんこう)のような殺気で押し返す。人の好い老人が侠客(きょうかく)に一変する間合い、「なんだ、てめえら」の暗い声色、少ない動きで相手を圧する殺陣にすごみがあった。時代劇映画の経験が舞台に生きる。

仲代によれば、この演目は「不寛容の時代」であればこそ上演する意義がある。罪を犯した人間を寛容に受け入れられるかどうか。「不寛容だから戦争が起きる。人間は平和の中で生きなければいけない」。空襲を経験した世代として近年は反戦と演劇を結びつけて口にすることが多い。前進座の名優だった中村翫右衛門が大好きで、その名舞台を受け継ぐのも宿願だった。

来年以降の予定は明言せず「隠居かな」ととぼけてみせながら「引退とは申しません」と気丈だ。最初に志した道である舞台を「やはり最終的にやりたい」という。新劇の俳優座養成所に入った若き日「一声二振三姿」とたたきこまれた。今回も声がよく通り、緩急をつけた身ぶりのカンの良さは立派だ。自著の題にあるとおり「老化も進化」といえる舞台でもあろうか。来年3月には東京公演も予定されている。
(内田洋一)