既存ダムで治水と脱炭素両立 降雨予測とIT化がカギ
Earth新潮流

洪水が毎年のように起き、地球温暖化対策が急務になるなか、既存のダムを活用して治水と二酸化炭素(CO2)削減の両立を目指す動きが出てきた。大規模ダムの新設が難しいため、発電、治水それぞれの専用ダムを改修し、両方の役割を担わせる。流域全体でダムの運用を見直す案もあり、最新の気象予測やITの活用が実現のカギを握る。
鹿児島県西部、川内川の中流にある鶴田ダム。2021年7月に九州を襲った豪雨で例年の梅雨時を大きく上回る降雨があったが、ダムの下流では水位上昇を抑えられた。国土交通省は「18年に終えたダムの改修が奏功した」とみている。
ダムをかさ上げ
川内川流域はこれまでたびたび豪雨災害に見舞われてきた。鶴田ダムはもともと発電と治水を兼ねた多目的ダムだったが、国交省は大規模な改修を実施。堤の下部に放流設備を設けて平常時の水位を下げ、洪水時に多くの水を受け止められるようにした。
こうした既存ダムの改修が全国で進み始めた。木曽川水系の新丸山ダム(岐阜県)は約20メートルかさ上げし、洪水調整と発電の能力をともに高めた。天竜川中流で発電専用の佐久間ダム(愛知・静岡県)も放流設備を設け、洪水調整に活用する。国交省はこれらを「ダム再生事業」と名づけ、直轄・補助事業を合わせて約30カ所で改修が進む。
産学からもアイデアが出ている。企業や業界団体、大学の研究者らがつくる日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)は21年6月、「激化する気候変動に備えた治水対策の強化と水力発電の増強」と題する提言を公表した。既存ダムの役割を見直し、洪水調整と発電を両立させる「統合運用」がその柱だ。
ダムの多くは発電用、治水用など目的ごとに造られ、運用の仕方も大きく異なる。発電ダムは常に水をたくさん蓄え、安定して発電するのが基本。一方で治水ダムは平常時は水位を下げて降雨時に多くの水を受け止め、下流域の洪水を防ぐ。
同協議会によれば全国の既存ダム約2700基のうち発電用が23%、治水用が16%を占め、治水・発電兼用は1割に満たない。発電ダムに洪水調整、治水ダムに発電の機能を持たせれば、計約1000基を併用でき、洪水調整能力を最大2倍、年間発電量は15~20%増やせるとした。

温暖化で洪水頻度2倍
提言の背景には、洪水被害の拡大を防ぐにはダムの根本的な運用見直しが避けて通れないとの危機感がある。試算では地球の平均気温が2度上昇すると国内の河川流量は約1.2倍に増え、洪水の頻度も約2倍になる。それを防ぐには貯水量の大幅増強が必要になるという。
だが大規模ダムは環境への負荷が大きく、新設の余地は少ない。提言のまとめ役である河川財団の関克己理事長は「ダムは長期間、安定して使える利点があるが、それらが必ずしも生かされていない。既存ダムの価値を最大限生かす工夫が重要だ」と話す。
50年の脱炭素を実現するためにも水力発電の役割は大きい。現在、国内の水力発電設備は約5000万キロワット、総発電量の8%を担う。政府などの試算では2000万キロワットの増設が可能で、30年までのCO2削減目標の1割にあたる約4000万トンを減らせる。
提言は個々のダムだけでなく流域全体で運用見直しも求めた。
ダムの立地は水利権者や住民との調整などで決まり、上流に治水ダム、下流に発電ダムがある河川もある。しかし本来、発電ダムは落差を大きく取れる上流、治水ダムは市街地に近い下流ほど洪水リスクを減らせ、いまの立地は不合理な面もある。そこで上流の治水ダムに発電、下流の発電ダムに治水の役割も担わせ、降雨量に応じて一体運用できれば理想的だ。
改修費は誰が負担
実際、コンピューターによる降雨予測の進歩でそうした運用が可能になってきた。
京都大学防災研究所の角哲也教授らが取り組むのが「アンサンブル予測」。降雨量や水位が最大、中位、最小などさまざまなケースを予測し、大雨前に貯水量を減らす事前放流が必要かどうかなどを5~7日前に判断。早めの予測でダムの場所ごとの貯水量管理が可能になる。
とはいえ統合運用の実現には課題も多い。まず発電ダムに治水のための放流設備などを設ける場合、改修費を誰が負担するかや、水門操作のルールをどうするかだ。

発電ダムの多くは電力会社、治水ダムは国や自治体が管理するが、兼用になれば誰が責任を負うのかはっきりしない。住民に事前放流などの理解を得る活動も含め、運用と責任分担のルールが要る。
司令塔機能をどうするかも課題だ。流域全体で運用するにはダムごとの貯水量や上・下流の水位などのデータを集約し、気象予測も取り込んで適切な判断を下す情報プラットフォームも必要になる。
国交省は19年度から橋やトンネル、ダム、水門などの設計データや管理状況、地盤のボーリング情報など20万件以上のデータを集めた「国土交通データプラットフォーム」を運用する。これにダムの貯水量や発電量、気象データなどを集めるのは一案だろう。
企業や研究者らがこれらのデータを入手できれば、わかりやすく可視化してアプリで提供する新ビジネスも期待できる。洪水リスクや防災情報は企業や自治体、住民らのニーズも大きい。
洪水の頻発は、これまでIT化が遅れてきた日本のダムのデジタルトランスフォーメーション(DX)をいや応なしに迫っている。国や自治体が受け身の姿勢で取り組むのではなく、ビジネスチャンスに変える発想がほしい。
(編集委員 久保田啓介)
[日経産業新聞2022年5月13日付]

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