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小さな普通、コツコツと サッカーを次世代へつなぐ

僕が高校時代を過ごした兵庫・神戸は、諸説あるけれど、日本サッカー発祥の地といわれる場所だ。滝川第二高の恩師である黒田和生先生の『人の心を耕す』(カンゼン)を読み返したことで、日本サッカーの歴史をもっと知りたいと思った。

ドイツ人指導者デットマール・クラマーさんの存在は、1968年メキシコ五輪銅メダル獲得の話とともに、僕も知っていた。64年東京五輪に向けた代表強化のために、60年に初めて日本の土を踏まれたこと。選手を指導するだけでなく、日本リーグの創設、指導者養成制度の整備など多くの提言もされた。そこからサッカー界は大きく変わったので「日本サッカーの父」と呼ばれるようになったということを。

ただ、クラマーさんが来る前の日本サッカーは止まっていたわけではないと思う。欧州からサッカー雑誌を取り寄せたりしながら、道具を作り、練習メニューや戦術を試行錯誤していた。世界へ追いつこうとサッカー先進国の欧州から懸命に学ぼうとした姿勢は今と同じだ。

目覚ましい発展や記録、結果だけが歴史ではないだろう。年表にも残らない、そうした日々の小さな歩みの積み重ねに僕はひかれる。

92年、日本代表に初めて外国人のハンス・オフト監督が就任した(クラマーさんはコーチで、監督ではなかった!)。それ以降、外国人、日本人、多くの監督が代表の指揮を執り、ワールドカップ初出場、グループリーグ突破と結果を残してきた。選択のすべてが正解になるほど甘くはなく、成績上は失敗だった大会もあるが、だからといって無意味だったわけでもない。

同じことを繰り返しているようでも、少しずつ先へ進んできた。昔を知ることで感じた日本サッカーの歩みは、僕自身と同じだなと思えた。

例えば、僕は毎シーズン、「ストライカーとして勝負する」と「チームのために」との間で悩む。悔しさも、かつて味わったものだったりする。でも、停滞しているわけじゃない。らせん階段をぐるぐる上るように、目指すべき場所へ向かっている実感はある。

そんな僕の姿を50年前の先輩たちはどう見ているのだろうか、と興味が湧いた。

欧州では、未来へ向けた改革や技術革新などを進めながらも、人々が歴史や伝統を継承し続ける姿が印象深い。いいことも悪いこともすべてを自分のものとして大切にしている。日本はどうか?

今年は日本サッカー協会創立100周年だ。100年前の彼らが抱いた「思い」というバトンを次世代へつなぐ。そのためにできることは何か? 大きなことよりも、小さなこと、特別なことよりも普通のことで、それをやれたらいい。

(前ウエスカ所属)

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