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変わらない普遍的なものは何ですか?

読者の提案と社長の講評 魚谷雅彦・資生堂社長編

魚谷社長の提示した「変わらない普遍的なものは何ですか?」という課題に対し、多数の投稿をいただきました。紙面掲載分を含めて、当コーナーでその一部を紹介します。

■時間の普遍性と価値

大島 颯太(産業能率大学経営学部3年、20歳)

変わらない普遍的なものは時間である。新型コロナウイルスの影響で時間の使い方が見直されている。おうち時間の有効活用や通勤・通学時間が不要なリモートの活用など、様々な形で時間について考えることが増えてきた。IT(情報技術)などによる作業の効率化なども、時間の使い方に影響を与えているであろう。我々は一日24時間という共通の時間を持っている。勉強などに使った一日も、遊びなどの趣味に使った一日も同じ一日である。つまり、どういった使い方であっても24時間というものは変わらない。この時間はためておくことはできず、流れている。そして、この先も一日24時間というのはどこの国であっても同じことである。そのため、世界共通の単位であるといえるのではないだろうか。この一度過ぎてしまったら戻ることのできない時間こそが普遍的なものであり、この限られた時間の使い方がそれぞれの価値につながっていると考える。

■人とつながる幸せ

丸山 遥香(山野美容芸術短期大学1年、19歳)

幸せになりたい。この気持ちこそ、変わらない普遍的なものだと考える。ご飯を食べる、人と話す、化粧をする、勉強する。何をするときでもその目的の根底にあるのは幸せになりたい、という気持ちではないか。コロナによって様々な変化を経験した。外出自粛を強いられ、会いたい人と会えなくなったり、楽しみだった行事がなくなってしまったり。それでもなお、私たちが希望を失わずに立ち向かえたのはなぜだろう。そう、幸せになりたいからなのだ。それをかなえるために必要なのは人とのつながりだと考える。人は1人では幸せにはなれない。喜びや悲しみを誰かと共有してこそ幸せになれる。私はコロナが始まってから苦手だった電話をよくするようになった。自粛生活の寂しさから人とのつながりの大切さを再認識した。今もコロナは猛威を振るっているが、これをきっかけに人とのつながりを今までよりも大切にできたら、さらにすてきな世の中になるだろう。

■未来を想像する力

森 美沙音(関東学院六浦高校1年、15歳)

私が思う「変わらない普遍的なこと」とは、未来を想像することだ。未来を想像するという行為は、実は人間だけができる特別なことだという。他の動物と比べて、人間がここまで進化できた理由は、未来を想像できたからだとも聞いたことがある。人間は太古の昔から、1秒先からずっと遠くの将来まで、未来に思いをはせながら生きてきた。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や漫画「ドラえもん」が人気を集めるように、「タイムマシン」を作りたいと思うのは、未来がどうなるのか、誰しも知りたいからではないだろうか。明日の天気はなんだろう。明日何が起こるのだろう。新型コロナウイルス感染症の流行はいつまで続くのか。これから日本はどうなっていくのか。ずっと前から人間は未来を想像してきた。このように、昔も、今も、これからも、未来を想像する力は、人間にとって普遍的なものであり、また普遍的でなければならないものだと考える。

【以上が紙面掲載のアイデア】

■人を思う想像力

山本 長作(会社経営、52歳)

人が喜ぶことをしたい。人のために役立ちたい。私たちは誰しもこうした人間としての本質的な心を持っていると思う。ごく身近な周囲の人に対しても、そして、広く社会の人々に対しても。考えてみれば、この「人のために」という思いが、人間の想像力を膨らませ、人類社会の発展の原動力となっているとも言えるのではないか。はるか過去から私たち人類の、そして、人生の先輩たちが人のために思い巡らした想像力。それらが綿々とつながっていき、今の発達した便利な社会が築かれている。すべては、その想像力が結実していく過程といえるのかもしれない。人に喜んでもらえると純粋にうれしい。何だか心が温かくなるような、幸せな気持ちになれる。こうした人間の善き本性ともいえる利他の心に根差した想像力。時時刻刻、目まぐるしく変わり続ける世の中で、利他の心を高め、想像力を育んでいくことが人間にとって、変わらない普遍的なものではないかと考える。

■人間は学び続ける

鈴木 こころ(学校法人石川高校3年、18歳)

変わらない普遍的なものは「学び」だと考える。人間は常に学び続けている。学ぶことは、勉強だけだと思う人もいるかもしれないが、そうではない。日常生活の中で、新たな発見であったり、疑問であったり、心に感じることはたくさんある。それも学びの一つではないだろうか。そう考えると、一人一人感じることは違っても、全く何も学んでいないという人はいないだろう。私はまだ18年しか生きていないが、多くのことを学んでいると感じる。日々関わる人によっても、それぞれ学ぶことがあり、家族、友人、先生など色々な人と関わるうちに、無意識に学び取っていることがある。もし、学びがなくなったら、生きるのが楽しくなくなると思う。日常生活の中で学ぶことがあるからこそ、様々な感情が生まれ、充実した生活を送れるようになる。私はこれから何年たっても学び続けている大人になりたい。そして、自分も誰かの学びになるような人になりたいと思う。

■命の尊さ・大切さ

奥沢 るり(共立女子大学文芸学部1年、18歳)

私は、命の尊さこそ普遍的だと思う。自分の命だろうと他人の命であろうと同じだ。たとえ人間以外であっても差はない。新型コロナウイルスの感染がまん延するなか、多くの人がマスクを着け、手洗いをし、ワクチンを接種している。世界のあちらこちらの国でロックダウンをしたり出入国を制限したりする感染対策も実施された。これらの行動の背景にはすべて「命が大切だ」という考え方がある。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻や、国際テロ組織アルカイダが関係しているとされる事件などのニュースに触れるたび、大事なのはあくまで自分の命であって、他者の命の尊さにまで考えが及ばない人が多いようにも感じる。日本でも戦争こそ起きていないが、凄惨な殺傷事件が後を絶たない。「自分が一番かわいい」のは否定しようがないが、だからといって他人の命を奪っていいはずがない。普遍的であるはずの命の尊さをもう一度考え直すべきではないだろうか。

■好奇心を取り戻す

大住 知範(会社員、51歳)

失われた30年とも、日本の国際的な地位は低下したとも言われて久しい。我々は、この期間に何を失ってしまったのだろうか。我々が失いかけているもの、でも潜在的にだれもが持っているもの。それは好奇心ではないだろうか。子供の頃には、様々な事象に対して、どうして、なぜ、と問いかけた。私もそうであるが、企業という組織に入り、いつの間にか好奇心をどこかに置き忘れてしまった気がする。現在の急速な技術革新がもたらす経営環境の変化に対応していくためには、これまでの常識だけにとらわれずに、今一度常識を問い直し、変化の種をいち早く見いだしていくことが必要となってくる。そのコアの部分に好奇心があり、それを呼び覚ます必要があるのではないか。個々が持つ好奇心こそが普遍的な価値の一つであり、それを引き出すことができる組織、企業が増えると、ワクワクするようなモノやサービスを再び世界に提供していくことができると確信している。

■追求する力

若尾 モナ(関東学院六浦高校2年、16歳)

普遍的なものとは楽しさを追求する力だと思う。この2年半、私たちが当たり前と思っていた生活は一変し、学生だと登校、部活、文化祭などが不可能となり、オンライン授業を余儀なくされ、日常の楽しみがなくなった。それはコロナ禍になったからこそわかったことだと思う。今まで何をするにも制限がかかる中、私たちはどうやってコロナ禍前の日常に戻れるか常に考えてきた。例えばパンデミック当初はオンライン文化祭やオンラインオープンキャンパスなどどうしたら厳しい制限の中で周りの人を楽しませることができるのか、自分たちが楽しめるのか工夫し、考え続けてきた。現在はコロナとの共存を余儀なくされその生活にも慣れていき、学校もオンラインではなくなり、文化祭や修学旅行などの学校行事も少しずつ再開し始めている。まだ制限がかかっている中、私たちの楽しさを追求しようとする力は昔も今も変わらない普遍的なものなのではないかと思う。

■アナログ的な恩恵

新保 哲博(会社員、44歳)

私は変わらない普遍的なものは「アナログ」だと考える。「デジタル」が発展しているコロナ禍にあって、再認識した人も多いと思う。SNS(交流サイト)を使用した安否確認、直接店舗に行かずとも届けてくれるネット宅配など、様々な恩恵を受けた。しかし、いくらテクノロジーが発展しても最終的な心の支えはアナログであった。まだまだデジタルでは超えられない人間味あふれる言動が大きな支えとなった。笑顔あふれる挨拶、お互いに心温まる感謝の心、双方を気遣うマナーなどは、今も昔も未来も、変わることのない原始的な言動である。昨今の希薄なアナログを補完しているのがデジタルだとすれば、我々は想像以上に、無意識のうちに多大なる恩恵を受けているに違いない。時空を超えての便利なデジタルツールは、生活を便利に、豊かにしている。だが、それらを効果的に使用できるかできないかは、根底にあるアナログの部分が大きいのかもしれない。

■声を交わす大切さ

塩野 絆永(海陽学園海陽中等教育学校2年、14歳)

人とのコミュニケーションは、どんな時代でも大切で、変わらないものだと思う。現代では、人と話すツールが多様化している。昔は面と向かってしか話すことができなかったが、19世紀に電話が誕生し、遠くにいる人とも話せるようになった。2000年代以降はSNS(交流サイト)が普及し、文字や写真などでいつでも世界中の不特定多数の人とつながれるようになっている。この歴史は、人類が人とのコミュニケーションを強く望み、追求し続けてきたことを物語っているのではないだろうか。私は、特に「相手と実際に声を交わすコミュニケーション」に注目したい。コロナ禍で人と会うことが難しい状況で、今まで考えもしなかった「オンライン飲み会」なども編み出された。お互いに相手の顔を見ながら実際に声を交わして話すことができる。これからどれだけインターネットが発達しようとも、相手と声を交わすコミュニケーションは、変わらず残り続けるだろう。

■美しい眼を創造

藤田 聡(会社経営、59歳)

それは、眼の輝きではないだろうか。大学の講堂で授業をしていると、最前列席に陣取るのは決まって、新興国から来た留学生だ。彼らはよく質問をしてくるし、明確なビジョンを持っている。例えば、「お母さんのために家を建てたい」と真顔で言ってくる。そして、その眼は一様に輝いている。翻って、今の日本人はどうか。現状に満足し、ほんの一部の人しか志を持っていないのが現実ではないか。かつて日本も、敗戦直後の時代には「欧米に追い付け、追い越せ」と眼が輝いていた人が多かったように思う。輝く眼を持つジュニア層。自信に満ちあふれ、力のある眼をしたミドル層。道を究め、澄んだ眼をしたシニア層――。こうした人たちを1人でも多く創造する支援をしていくことが生きる道ではないか、と思う今日この頃だ。個人でも企業でも、能力・キャリア開発の原動力であるミッション、推進力であるビジョンを再定義し、明確化することが今こそ求められるだろう。

■友達という存在

高橋 樟(関東学院六浦高校2年、16歳)

私の普遍的に変わらないものは、友達の大切さだ。中学校二年生の時に新型コロナウイルスの拡大によって、突然当たり前だった学校に登校するということがなくなった。三年生の途中まで続き、登校が再開しても、分散登校だったため、全員と顔を合わせることができない状況が続いた。当時、この出来事に驚いたのと同時に、友達と次にいつ会えるかわからなかったため、気持ちが明るくなることが減った。オンライン授業は自分が好きなタイミングで会話ができないので、直接会って表情を見ながら話すのとはかなり差があると感じていた。しかし、オンライン授業を行う日々がしばらく続いていたが、友達の明るいトーンの声を聞いているうちに、元気になり、次に会う時がとても楽しみになった。これが、当時のモチベーションになり、乗り切ることができた。この経験から、友達という存在の大きさに気付かされ、変わらないものだと確信した。

■こころの美しさ

中山 一平(会社員、67歳)

古今東西、普遍的な輝きを持続しているのは「美しいこころの持ち主は美しい」という価値観であろう。明治初期に外国人が我が国を訪れた際、「この国の人たちは何と美しいこころを持っているのだろう」と感嘆したという。この感想は現代でも容易に例を挙げることができる。例えばサッカーのワールドカップで、観客席を引き揚げる日本人サポーターがゴミ拾いをして観戦痕を残さなかったこと。あるいは日本代表の使ったロッカーが非常にきれいに掃除され、謝意まで記されてあったこと。いずれも海外で大きな話題となった。では、こうした行動をとることができる心のありようとは、いかなるものであろうか。そこには、何が美しいかを判断でき、ゆるぎない平常心を保てる精神と肉体の余裕と健康があるのではないだろうか。ともすれば忘れがちだが、自身の心の余裕と健康を意識して行動することこそが、グローバルに通じる「こころの美しさ」につながるのであろう。

■楽しければ事は成る

丸山 浩市(無職、74歳)

世の中がどのように変化しようとも、楽しいこと、楽しむことは人間の根本的なエネルギーとなる。42.195㌔の長い距離を走って金メダルを獲得した選手は、走ることが楽しかったと言う。また、大リーグの監督は投手がピンチに陥った時、マウンドに行って「もっと野球を楽しめ!」と伝えベンチに戻る。すると投手は無事にピンチを切り抜けるケースが多いと聞く。さらに、仕事の目標達成までの過程を楽しむ社員は成績が良いという話も耳にしたことがある。これは楽しさによる効果、すなわち「エンジョイ・エフェクト」によるものだと推測する。「楽しい」がキーワードとなって、成功に直結している。楽しければ事は成る。造語であるが、これを「楽成」と名付けたい。楽成は、変化に直面しても、それに対応する力となる普遍的なものであり、人として生きていくために欠かせないものだと考える。まさに人間のエネルギー源は楽しむことにある。

■自分以外とつながる

亀山 拓(海陽学園海陽中等教育学校2年、14歳)

私の考える普遍的なもの、つまりどの時代においても大切にされてきたものは「コミュニケーション」だ。一見すると、インターネットで相手と会話する現代は、これまでと違った方向に進んでいるように感じられるだろう。しかし、だからこそコミュニケーションは普遍的なものではないのか。変化したのは「媒体」であって、人と人がコミュニケーションを取る関係は変わっていない。また、この考え方を展開すれば、全ての物事は自分以外のものとつながるためにつくられているように思われる。自分と他者のつながりはずっと続いてきた。しかし、時代とともに媒体は変わりつつある。今、私たちが目指すべきなのは、最も適した媒体を見つけることではないか。例えば、本は「時間」を超えて伝えることにメリットがある。また、メールは「空間」を超えて伝えることに適している。このように、自身の目的に合わせたコミュニケーション方法を探して行きたい。

資生堂・魚谷雅彦社長の講評

「変わらない普遍的なものは何ですか?」という極めて幅広で難しい私からの問いかけに多くの読者の皆さんが向き合って下さり、感謝しています。ありがとうございます。

なぜこのような問いをしたかというと9月、150周年を迎えた資生堂は「普遍的なもの」について考えるよい機会だととらえていました。今はVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代に本質を見極める必要があるからです。皆さんからの投稿はこれからの資生堂にとっても気付きを与えてくれるものでした。

アイデアの中からいくつか感想を述べたいと思います。「時間の普遍性と価値」は思わず、はっとしました。確かに誰もが一日に持つ時間は24時間です。納得した時間の積み重ねがよい未来を作ります。リモート会議が日常となり、海外とのやり取りはうまく時差を使って仕事の中身を最大化できます。時間がそれだけ極めて大切なことを再認識させてくれました。

『幸せになりたい』の文章で始まる「人とつながる幸せ」は人間が持つ潜在的な気持ち、喜びをよく表していますね。コロナ禍で、私たちはいろいろなことを考えたはずです。希薄になりがちだった人間関係への警鐘ともとれます。資生堂はグローバル企業です。言語、文化など異なることをお互いが尊敬し、認め合うと仕事を超えた人と人との関係を築くことができることを体感してきました。

「未来を想像する力」は驚きと発見がありました。確かに先が見えない時代ですが、想像力を働かせることは大切ですね。それこそが突き抜けたイノベーションを巻き起こす原動力になることでしょう。150周年の資生堂は伝統と革新によって創られてきました。その積み重ねで未来を作り上げていきたいですね。

皆さんの投稿は私たち資生堂の従業員の背中を押してくれたのは間違いありません。ありがとうございました。

◇――――――――――◇

投稿して下さった読者の約5割が20歳未満の学生だったのが意外でした。しかもその多くが明るい未来の実現のために、それをたぐり寄せるのに必要な人間としての求められる心構えを書いてくれたように読めました。魚谷社長は取材の最後にこう言いました。「次を作っていきたいですね。人材育成ですね」。20代後半のときに米ニューヨークで2年間生活したことが魚谷社長の背骨になっているからです。若いときにいろいろな経験を積むことが彩りのある未来を創造してくれると思っているからでしょう。これも普遍で不易なことのはずです。(編集委員 田中陽)

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