「コト売り」にシフト 電池と膜 普及促す 小林茂・日本ガイシ社長
脱炭素社会 創る
日本ガイシがカーボンニュートラルとデジタル社会という新時代をにらんだ事業構造の変革を急いでいる。大容量の蓄電池や二酸化炭素(CO2)を分離・回収する膜など独自のセラミックス製品を開発・販売するため、マーケティング発想を取り入れた組織を新設した。小林茂社長はモノ売り(メーカー)からコト売り(サービス業)への転換の旗を振り、「CO2の削減はビジネスチャンスになる」と話す。脱炭素社会の実現に貢献できるという。

ニーズつかみ社会実装素早く
当社は2021年4月の「NGKグループビジョンRoadto 2050」で「独自のセラミック技術でカーボンニュートラルとデジタル社会に貢献する」との目標を掲げた。両分野が売上高に占める比率は現在約30%。21年からの10年間に研究開発費を3000億円投じる計画で、うち8割を2分野に充てる。30年に売上高の50%、50年に80%を2分野で稼ぐ構想だ。
1919年設立の当社にとって、高圧送電用の碍子(がいし)の生産が第1の創業、高度成長期の多角化とグローバル化が第2の創業だ。2050年の経済や社会の変化・変革を見据えて、事業構造を変革する。「第3の創業」との位置付けだ。
カーボンニュートラルとデジタル社会の2分野を含めた新しい事業領域では30年に1000億円を稼ぐ計画を立て、「ニューバリュー(NV)1000」と名付けた。目標達成に向けて22年4月に「NV推進本部」を新設した。
社長になった最初の年に研究開発に携わる社員に「この製品はなぜ成功したのか」と聞くと、「10年、20年諦めずにやっているうちに時代と合った」との答えが返ってきた。画期的な技術だと賞をいただくことも多いが、「これではいけない。マーケティングが足りない」と考えた。
100人体制の新組織
世の中のニーズを起点に社会に実装できる製品を早く出す。このためにマーケティング、研究開発、さらに大量生産の方法などを手がける製造技術本部の人材を交わらせ、NV推進本部が100人体制で発足した。社内の各部門から必要な人材を引き抜いたので異論も多かった。しかしいろんなケミストリー(化学反応)があり、やってみようという雰囲気が出てきた。
モノづくりだけではなく、モノの使い方の仕組みを工夫して価値を訴求する取り組みも始めた。「モノ売り」から「コト売り」への転換を図るのが、02年に商用販売を始めたNAS(ナトリウム硫黄)電池だ。一般家庭約120世帯の1日分の1200キロワット時という大容量の電気をためられ、数時間にわたり放電できる。再生可能エネルギーの導入が活発化する前は夜間に使用しない電気を蓄え、昼間にピークカットする点が支持され、販売は好調だった。しかし11年のNAS電池の火災などが影響し、ここ数年は苦戦していた。
蓄電容量を小分けに
脱炭素に向け、NAS電池は大きな役割を果たせる。原材料にレアメタル(希少金属)を使わないため資源の制約がない。すでに20年以上の使用実績がある。太陽光や風力など再エネと組み合わせればCO2の排出を減らせる。そのためには大きな電池の機能を小分けにする必要がある。蓄電した電気の中に再エネ、石炭火力、原発の電気が混ざっていると、どれがどの電気か分からないからだ。リコーのブロックチェーン(分散型台帳)技術で再エネの電気だけ取り出せるようにした。2月にはリコーとの新会社が始動した。
株式の過半を持つ地域新電力の恵那電力(岐阜県恵那市)もあばしり電力(北海道網走市)も当社の工場があり、地域貢献が一丁目一番地の狙いだ。太陽光発電とNAS電池を組み合わせ、地域に電気を供給する。地域の企業など仲間を増やせば、エネルギーの地産地消が進む。非常用電源として活用できることも、プライスレスの価値だ。
CO2の回収・再利用・貯留(CCUS)の中で注力している一つがDAC(ダイレクト・エア・キャプチャー)だ。主力の自動車排ガス浄化用セラミックスを応用し、空気中に存在するCO2を直接回収する。米欧日のパートナーと25年までに実証実験を始めたい。我々はセラミックスの製造技術を生かし、排ガス浄化などの製品を手がけてきた。今後、CO2の削減はビジネスチャンスになると実感している。独自技術で脱炭素社会の実現に貢献していく。

停電しない安心、地域と 排出削減後押し
2018年の北海道胆振東部地震のブラックアウト(全域停電)でも停電しなかった場所がある。国の実証実験終了後に北海道稚内市に無償譲渡された発電設備だ。隣接する公園や球場に電気を供給し続けた。5メガワットの太陽光発電と、日本ガイシが納入した出力1.5メガワットのNAS電池を組み合わせており、明かりが消えなかったという。同社の小林茂社長は「恵那電力やあばしり電力でもこうした機能を提供したいと考えた」と話す。
恵那電力は日本ガイシが75%、恵那市と中部電力ミライズが12.5%ずつ出資し21年に設立した。発電した電気は市役所や小中学校などの公共施設、日本ガイシグループの工場に供給する。電力小売りを22年4月に始め、5月にはブロックチェーン技術を用いて、NAS電池にためた再エネの電気をトラッキングする実証実験をリコーと始めた。

一方、仮想発電所(VPP)や電力デジタルサービスを手がける新会社「NR-Power Lab」をリコーとの共同出資で設立し、2月1日に事業を開始した。昼間の電気を電力市場で安く仕入れて蓄電し、夜間に高く売る。再エネ由来のグリーン電力なら環境価値も付く。小林社長は「毎日使う人には安く、1週間に1回しか使わない人には高く売るなど、顧客ニーズを掘り起こしたい」と話す。地域新電力も新会社もNAS電池のコト売りだ。
日本ガイシのCO2排出量は87万トン(19年度)。このうち30%が化石燃料の燃焼由来で、セラミックスを焼き固める焼成炉が大きな割合を占める。30年度に13年度比半減、50年度までのネットゼロを目指しており、国内外の工場に計40メガワットの太陽光発電を25年度までに導入する。スコープ3の排出を減らす取引先の圧力が今後増すのは確実。「グリーン電力を調達して生産しないと競争に勝てない」(小林社長)。22年には国際的なイニシアチブ「RE100」に加盟し、40年までの使用電力100%再エネ化を目指している。

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