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道頓堀川と東横堀川 水都の象徴、水門が浄化に一役

時を刻む

かつては堀川(水路)が縦横に巡り、水都と呼ばれる大阪。市の中心部を流れる道頓堀川と東横堀川は街の象徴だが、高度成長期に汚染が深刻化した。清浄な水面を取り戻そうと水質改善への努力が今も続く。

16世紀、豊臣大坂城の外堀として最初に開削された堀川が東横堀川だ。北から南へ流れ、西に曲がると道頓堀川と名を変える。道頓堀川は17世紀、大坂夏の陣の後に完成した。合わせて長さ約5㌔に及ぶ。

潮の干満で開閉

現在は阪神高速道路が頭上を走る東横堀川の北端近くに東横堀川水門がある。船が通る際に水位を調整する閘門(こうもん)で、ブルドーザーの排土板を思わせる水門と観音開きの水門の二重構造。往来する船は2020年度こそコロナ禍で激減したが「19年度は年間約7300隻に上った」(大阪市建設局)という。道頓堀川の河口にも同様の道頓堀川水門がある。どちらも船の通過時だけでなく、潮の干満に合わせて開閉して川を浄化する大事な役目を担う。

大阪の堀川は河床の勾配が小さく、流速や水位が潮の干満に影響されて河川の水が海へ排出されにくい。浄化のため戦前、可動堰(ぜき)が市内6カ所に設けられた。川をせき止めて水をため、どっと押し流す仕組みだった。戦後、堀川が埋め立てられて順次務めを終えた。堂島川の水晶橋や土佐堀川の錦橋はその名残だ。

人口や事業所の急増で道頓堀川と東横堀川で汚染が深刻化したのは1950〜60年代。78年に設けたのが東横堀川水門だった。「満潮時に開門して大川の比較的きれいな水を導入。干潮時に閉めて寝屋川からあまりきれいではない水の流入を止め、川下の道頓堀川水門を開けて水を排出する」(同)。現在の水門は2000年築造の2代目だ。

下水道の改善も進んだ。大阪市の下水道の大半は合流式で、雨水が一定量を超すと未処理のまま川に放流される。東横堀川、道頓堀川でもはけ口は28カ所を数える。対策として15年に完成したのが内径6㍍、長さ4.8㌔の巨大貯留管、通称「平成の太閤(たいこう)下水」だ。最大14万㌧をのみ込み、雨天時のはけ口からの排出はほぼなくなった。

サケやアユが生息可能に

半世紀ほど前は「ドブ川」呼ばわりされた両川だが、今ではサケやアユが生息できる水準まで改善された。04年から学生による課外活動で道頓堀川の水質調査を続ける日本分析化学専門学校(大阪市)によると近年も「濁度やBOD(生物化学的酸素要求量)、大腸菌群など各種指標はおおむね改善傾向にある」。ただし「プールの衛生基準には達せず、飛び込んだり泳いだりできるほどきれいでは全くない」とクギを刺す。

次の一手として期待がかかるのが今夏、中浜下水処理場で稼働する国内最大規模の膜分離活性汚泥法(MBR)プラント。1000分の1㍉未満の穴をもつろ過膜で汚れや細菌を除去し、透明度が高く大腸菌ゼロの超高度処理水を東横堀川に放流する。最終的には1日4万㌧を送水して水質の向上につなげる。市建設局の担当者は「効果を検証しつつ、引き続き水質改善の努力を続ける」と話す。

水の街の文化復興に向けて大阪市は河川の水辺整備にも力を注ぐ。道頓堀川岸には約1㌔に及ぶ遊歩道が設置され、現在は東横堀川岸を工事中。この夏にはにぎわい施設「β本町橋」がオープンする。運営にかかわる一般社団法人「水辺ラボ」は、市民グループ「東横堀川水辺再生協議会(eーよこ会)」のメンバーが組織した。06年に発足し、住民らが清掃活動を軸に多彩な企画で川の魅力を発信している。広井真由美事務局長は「水辺でコミュニケーションを盛り上げ、生活を豊かにしたい」と意気込む。川に親しむ暮らしは営々と引き継がれる。

(編集委員 竹内義治)

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