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人的資本、集めるより創る

個々のスキル、可視化へ工夫

日本経済の成長力回復に向けて人的資本経営が叫ばれる中、人への投資の中核として社員教育に注力する企業が増えている。かつての日本的経営と異なるのは、個人の自律的な学びを重視し、組織力の向上につなげることだ。学歴よりも何を学んでいるかを問う「学習歴」をデータとして生かす動きも強まってきた。人材を採用し集めるだけでなく、「人財」としていかに伸ばすか。新たな人本主義への挑戦が始まっている。

企業内大学で学ぶ有志

デジタル学部、総合経営学部、マーケティング学部、グローバル学部……。仕事に役立ちそうな最先端の「学部」が並ぶ。一般の大学ではない。損害保険ジャパンが2020年10月に設立した企業内大学「損保ジャパン大学」だ。全社員約2万5000人が公募や抽選で入学し、どこからでもオンラインで学べる。

SOMPOホールディングスでは、傘下の損保ジャパンを含め、グループ全体で社員向けオンライン学習を拡充している。10月中旬、モニター画面に並び映るグループ各社の社員に向けて新たなオンライン授業が開講した。人工知能(AI)企画者を育成する研修だ。AI関連の専門家による講義を有志社員が受けた。

「新型コロナウイルス禍の中で各人が人生と仕事を真剣に考えた結果、社員教育の在り方が変わった」とSOMPO人事部の加藤素樹特命部長は語る。「従来の3年目研修や課長研修などは会社主導だった。今はマイパーパス(私の存在意義)に基づき、自分主導で学ぶ」と説明する。

マイパーパスとは、内発的動機(WANT)、社会的責務(MUST)、保有能力(CAN)の3つが重なり合うところで自らを突き動かす使命が生まれるというもの。社員と会社のパーパスが重なると、人的資本経営が動き出すという発想だ。

同社は各仕事の職務記述書(ジョブディスクリプション)を開示した。社員は希望の仕事を職務記述書で確認し、足りない技能や知識をオンライン研修で勉強し補う。「内発的な動機に基づく学びで適材適所の配置が可能になる」と加藤氏は話す。

成長し続ける社員

米西海岸の乾いた山肌をクーペが疾走する。22年4月公開の「キリアンズ・ゲーム」は、ソニーグループの技術者たちが試作した短編映画だ。9分足らずの映像にはバーチャルプロダクションなどグループ各社の先端技術が詰まっている。これも社員の学びの一環だ。

ソニーは技術者同士が学び合う場として10領域の「技術戦略コミッティ(委員会)」を設け、年約1500人が活動している。映画を試作したのは21年4月発足の「コンテンツ技術戦略コミッティ」。映画や音楽、ゲームなどの事業分野の技術者から成る。「事業の垣根を越え、技術を学び合って共有し、個々人の成長を促す」と同社人事部門人事2部の山菅裕之担当部長は話す。

「学び続ける会社にしていきたい。学びは社員の成長につながり、サステナビリティー(持続可能性)にも直結する」とソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長は9月の同社サステナビリティー説明会にビデオメッセージを寄せた。技術戦略コミッティでは「スキルテスト」で習熟度も把握する。多様な個を受け入れ、人と人が影響し合い、新たな価値を創出するための場となっている。

ヤフーでは社員がオンラインで必要な科目を選択し、学びたいだけ学べる仕組みを21年に取り入れた。半年ごとの期初に学びのテーマとゴールを設定。達成度を可視化し、学習効果を高める工夫をしている。併せて社員の「人材開発カルテ」を必須化。職歴や今の強み、成長ポイントなど、自分の立ち位置を各人が把握し、今後の挑戦と行動に向けて何を学ぶべきか分かるようにした。

経営戦略と一体化へ

社員教育をいかに経営戦略と一体化し、人も企業も成長するか。三井化学は23年度から連結子会社を含めグローバルに受講や学習歴の管理などを可能にするプラットフォーム(システムの標準環境)を導入する。これまでも学習歴の管理はしてきたが、「人材戦略を経営戦略と密接に連携させ、グローバルに人材を選抜・育成していく」(小野真吾グローバル人材部部長)との考えがある。

人材選抜とは「経営者候補」と「キータレント(潜在力の高い人材)」のこと。同社は16年度から「キータレントマネジメント」を導入した。キータレントを部門別人材育成委員会が選抜し、個別の育成計画を作る。経営者候補は全社委員会で決める。どんな研修や配置、経験をさせて育てるか、個別に計画を定める。これらを取締役会で報告し、毎年候補を見直し、サイクルを回す仕組みだ。

同社は21年、長期経営計画「VISION2030」を定めた。その重要分野として100ポジションを毎年見直し、それぞれキータレントや経営者候補が何人準備されているかを「後継者準備率」として観測している。

リクルートが企業の人事担当者3007人を対象に行った調査(21年10〜11月、複数回答)によると、人的資本経営を実践する上での課題として「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化」が54・5%と最多だった。

「ありのままの個を受容し、メンバーを正しく知ることが大事」とリクルートの堀川拓郎人材・組織開発室長は言う。同社は21年の国内7社統合の際、社員が自律的に学ぶ自由選択型の研修をオンライン化した。「よもやま話」という日々の対話を大切にする中で、「キャリア申告・面談や人材開発委員会での議論に最も注力している」(堀川氏)。一人ひとりの相互理解が人的資本経営への一歩となる。

会社への貢献心回復へ、人に投資を


日本企業は社員に信頼され、愛社精神も強かった。だが米ギャラップ社の「2022年グローバル職場状況リポート」によると、日本の従業員エンゲージメント(会社への貢献意欲)は5%にすぎない。国際競争力を取り戻すには人への投資が急務だ。キャリア論が専門の田中研之輔法政大学教授は「企業は社員の主体的学びを応援し、キャリア自律を高めるしかない。人が自律すれば組織のエンゲージメントスコアも上がる」と説く。
「今は人的資源経営から人的資本経営への転換期にある。資源は変わらないが、資本は伸ばせる。人を伸ばすエンジンは自発性、キャリア自律だ」
「失われた30年の平成期には個人の『自立』に目が向けられたが、むしろ組織力が弱まり、経済的には停滞した。また、長年同じ職場で同じ人たちと働き続けると、キャリアプラトーと呼ぶ停滞に陥る。①言われたことをそのままする②同じ業務を続ける③目の前の業務をこなす——というやらされ感も停滞を招く」
「停滞から脱するには個人と組織の関係を良くする『自律』が必要だ。自律型キャリアを育てるには①社内公募制②社内外の副業③兼業——などが有効だ。自律で人的資本を最大化し、企業の生産性と競争力を上げることがゴールになる。1990年代の成果主義、3年ほど前のジョブ型雇用は点の対策にすぎなかった。日本企業は社員の自律を促してエンゲージメントを高め、失われた40年を避けなければならない」

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