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ウクライナ侵攻1年 軍事紛争の火種、あちこちに

中西寛・京都大学教授

ポイント
○国連や第三国の仲介による休戦は望み薄
○プーチン氏退いても反西側政権続く公算
○国際政治の重心、インド太平洋・南半球に

ロシアのプーチン大統領がウクライナへの軍事侵攻を開始して間もなく1年となる。メディアで戦局や戦況に関しては詳細な報道や分析が報じられる一方、戦争終結に関する見通しは依然濃い霧に包まれている。

2022年3月31日付本欄で筆者は今後のシナリオとして、(1)戦闘の長期化ないし第三者の仲介による休戦(2)ロシアによる西側諸国を巻き込んだ戦争拡大(3)プーチン体制の瓦解によるロシアの混沌化――の3つを挙げた。現時点では(1)の戦闘の長期化のシナリオをたどっており、(2)のシナリオは回避されている。(3)の可能性は多少高まっているものの表面化していない。

22年3月にロシアがウクライナ東南部の制圧作戦に集中する方針に転換して以降、当初は物量に勝るロシア軍が支配地を広げたが、ウクライナの激しい抵抗にあった。またロシア軍の非人道的行為が明るみに出たことで、西側がウクライナ支援と対ロ制裁を拡大した。ウクライナが次第に目に見える戦果を収めるようになり、9月にはロシアはそれまで否定してきた国内動員に追い込まれた。

多大な民間被害でも士気が衰えないウクライナは豊富な国際支援を受けて攻勢に転じつつある。一方、ロシアは兵力の投入を拡大しつつも、北朝鮮やイランしか軍事的協力を得られず国際的に孤立を深めている。

だがウクライナの勝利が戦争終結に至るのか。ゼレンスキー大統領はもちろんそう主張する。そして大義も戦争目標も明確なウクライナの要求に、米欧はためらいつつ軍事支援を拡大してきた。23年1月にはこれまで否定してきた戦車供与についても米英独が政策を転換し、数百両の戦車が供与される見込みになった。

欧米が逡巡(しゅんじゅん)するのは、ウクライナの大義を認めつつもその戦争目標の達成が戦争終結につながるか、あるいは戦争拡大を招かないか、確信が持てないからであろう。

◇   ◇

ロシアは22年9月の見せかけの住民投票を経てウクライナ東南部4州を併合した。国連をはじめ世界はクリミアを含めてロシアによる併合を認めていないが、ロシアの国内法上は領土の割譲を禁じた憲法の対象となった。ロシア・ウクライナ両国の領土的主張は完全に対立することになり、国連や第三国の仲介による休戦の可能性も遠のいた。

仮にウクライナが領土を回復しても、ロシア政府は憲法上その「奪還」を義務づけられている。この状況は仮にプーチン大統領が交代しても、憲法かこれら領土の法的位置づけが変更されない限り変わらない。

ウクライナから追い出された段階でロシア軍は大幅に力を失い、体制も弱体化しているはずなので、領土「奪還」を諦めて戦闘を停止する可能性はある。だがその場合でも、ロシアによる非人道的行為の責任追及や賠償問題が残る以上、休戦協定は結ばれず厳しい対ロ経済制裁は解除されないだろう。そうした状況ではロシアの政治が過激化し、戦争拡大への選択がなされないとも言い切れない。

これまでロシアが戦術核の使用を含めて戦争拡大を選択しなかったのは、西側の抑止力の効果と考えてよいだろう。しかしプーチン大統領が真に追いつめられた場合、あるいはクーデターか革命でプーチン政権が打倒されてより強硬な政権が誕生した場合に、絶望的な戦争拡大への道を歩まないとは断言できない。

一部にはプーチン政権打倒による民主化への期待が語られるが、現実性に乏しい。民間軍事会社ワグネルを十分に制御できないようにプーチン体制に綻びが見え始めているのは確かだ。24年3月に予定される大統領選を戒厳令で延期したりすればプーチン氏の威信はさらに傷つくだろう。

しかし組織的な民主化勢力は国内に存在しないし、海外勢力も国内に基盤を持たない。国内世論は戦争長期化に不満を強めているようだが、ロシアの苦境は西側の圧迫政策の結果というプロパガンダはかなり受け入れられており、プーチン氏の代替政権は反西側的になる可能性が高いだろう。

現状では、西側の支援を受けたウクライナが領土奪還を実現していくが、それにより戦争は一段と不確実で予測困難な段階へと移行していく可能性が高い。

ただしこの見通しは世界がウクライナ戦争以外は基本的に平穏であるという前提に立っている。仮に中東のイランやパレスチナ、東アジアの朝鮮半島や台湾海峡で軍事紛争が始まれば、ウクライナ戦争と連動して世界規模の戦争へと拡大していく可能性もある。

◇   ◇

この可能性も含めて過去1年の経験は、20世紀後半の冷戦期の枠組みを現代に当てはめ、「西側自由民主主義同盟対中ロ専制主義」の新冷戦時代といった西側メディアでみられるレトリック(修辞)が現代では不十分であることを示した。

国連総会では、ロシアの侵略非難決議などで140カ国程度が賛成したが、中印やアフリカ諸国の約半数は棄権もしくは欠席している。その一方で対ロ制裁に加わる国は主に西側諸国に限られ、独西部ラムシュタインでの支援国会合への参加は約50カ国にすぎず、ロシアに損害賠償を求める国連総会での決議でも棄権が73カ国にのぼった。ロシアの侵略の事実は認めつつも、西側と共闘歩調をとらない国は多数にのぼる。

この状況を冷戦期の東西と非同盟という三極構造になぞらえることは誤解を招く。「グローバルサウス(南半球を中心とした途上国)」と称される地域は冷戦期の非同盟諸国よりもはるかに多様であり、かつ影響力が大きい。対して北半球に偏在し、冷戦を主導した西側諸国やロシアは軍事的・経済的には依然として強力だが冷戦期のような世界の支配力は持っていない。

中国ですら人口減少段階に入り、習近平(シー・ジンピン)政権の国内強権化を見ると、その国際的影響力の拡大は峠を越えたのかもしれない。ともすると西側は中ロの宣伝や懐柔策の影響を過大視しがちだが、グローバルサウスの大半は主体的に判断している。

一つの証左は、22年11月にエジプトで開催された第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)とインドネシアで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議だろう。前者では途上国への「損失と損害」補償の枠組みが合意され、後者ではウクライナ侵略を非難しつつロシアにも一部配慮した共同声明が採択された。これらは国際政治を主導するほど強力ではないが、期待値以上のまとまりを見せたと評価しうる。

今回の戦争が、トランプ政権の米国第一主義やバイデン政権の拙速なアフガニスタン撤退が招いた大西洋同盟の亀裂の修復につながったことは確かだ。だがロシアの中印への依存やインド太平洋諸国と欧州の接近は、今回の戦争の行方にかかわらず、国際政治の重心が大西洋からインド太平洋へ、北半球から南半球へと移行しつつあり、グローバリゼーションや地球環境の命運もこの地域により左右されることを示している。

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