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秋田・東成瀬村で異形の農福連携 高齢者施設の挑戦

東奔北走

人生の晩秋を迎えたお年寄りたちがどうすれば生き生きと過ごせるのだろうか。全国で最も高齢化が進む秋田県の高齢者福祉施設が異形の「農福連携」に取り組んでいる。その試みは少しずつ実を結びつつある。施設が催した収穫祭を訪ねた。

94歳の谷藤伝一さんとスタッフの阿部洋子さん。祖父と孫ほど年の離れた2人のやり取りは、劇場でショートコントでも見ているようだ。

「伝一さん、来年も教えてくださいね」

「生きてたらなあ」

「死なせませんよ。来年も手伝ってもらわないといけないから」

岩手県や宮城県に隣接する東成瀬村の高齢者福祉施設「風鈴」。そのそばの5アールほどの水田で9月22日午前9時すぎから稲刈りが始まった。2人の会話はその1コマ。鎌で刈り取った稲をわらで束ねる方法を、阿部さんが農家だった谷藤さんに教わっていた。

かくしゃくとした谷藤さんのように介助がいらない人は少ない。あぜ道と田んぼの間には段差がある。スタッフは移動するお年寄りの体を支えたり座ったまま作業できるよう長椅子を準備したり、安全面に細心の注意を払う。黙々と作業する様子を見ながら声をかけ、返事も引き出す。

代表の佐藤一人さん(41)が脱サラし、風鈴を設立したのは2008年7月。トマトやナスなど夏野菜の栽培を手始めに、農作業を活動に取り入れたのは14年からだった。村の農業委員になり、担い手がいなくて荒廃する農地の状況を知った。コメを作り始めて5年目になる。

「最初から農福連携をと考えて始めたわけではない」。佐藤さんは田んぼや休耕田が広がる周囲を眺め、こう振り返る。農福連携は農業を通じ障害者の健康や社会参画を目指すケースが多い。佐藤さんは高齢者施設の暮らしに身近な農業を生かせないかと発想した。

お年寄りたちは総じて無口で、隣同士で話す光景はまれだ。スタッフが声をかけ会話のキャッチボールをする。独り暮らしの人もいれば、家族と折り合いがよくない人もいる。「身の上話をする人は少ない。だがデイサービスに通うお年寄りは介助を必要とする何らかの課題を抱えている」(佐藤さん)

雨が降らなければ、少しでも田畑に出てできる作業をしようと佐藤さんは呼びかける。体を動かすことで機能維持や回復訓練に役立つ。外には日々、異なる景色が広がっている。季節の変化を実感でき、心身ともに刺激になる。

村の基幹産業は稲作など1次産業だ。施設に通うお年寄りたちも農家だった人が多い。「昔取ったきねづかを生かせる」。佐藤さんが農福連携に取り組む背景もここにある。

農作業するのはおおむね5月の大型連休明けから10月末ごろまで。冬季は長く、そして雪深い。室内にこもる暮らしが続く。それでも「冬場は翌春以降の農作業の準備期間として、それぞれ体力が落ちないよう体を動かす動機づけになる」と佐藤さん。

お年寄りたちにも変化があった。スタッフの阿部さんはこう言ってほほ笑む。「施設内では一歩も歩かないのに、農作業だと1人で歩こうとする人がいる」。高橋恵美さんは「朝から着替えて長靴を履き、鎌を準備してくるようになった人もいる」と話す。

「きょうは何をするの」「あしたはどうするの」――。農地という地域の資源を生かす風鈴の試みは、お年寄りたちのこうした素朴な問いかけに答えたいという思いから始まった。

地域によって資源はそれぞれ違う。お年寄りたちが生き生きと過ごすためのヒントは、私たちの身近な暮らしの中にあるのかもしれない。

CF返礼品、天日干しのコメ

コメの収穫量はおよそ300キログラム。佐藤さんは今年初めて、小口で事業資金を募るクラウドファンディング(CF)に挑んだ。湯沢市ビジネス支援センターの協力を得て、「冥土の土産」というユーモラスな返礼品に充てる。

風鈴では稲をくいに掛け、約3週間、日光で乾燥させる。この「天日干し」は機械乾燥に比べ手間がかかる半面、コメのうまみが増す。村の品評会で1位に輝いたこともある。11月下旬にも袋詰めして発送する予定だ。

風鈴の試みは地域の農地保全にもつながる。佐藤さんがCFに挑戦したのも、こうした取り組みを少しでも多くの人に知ってもらいたかったからだ。

「高齢者が体を動かして社会参加し、意欲や気持ちの張りを保つ環境づくりをしている。認知症やフレイル(加齢による虚弱化)を防ぎ、健康寿命を延ばすうえでも大切な取り組みだ」。秋田大学高齢者医療先端研究センターの大田秀隆センター長(老年医学)はこう指摘する。

(秋田支局長 磯貝守也)

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