処理水や風評言い訳にせず 福島の水産業者、販路拡大へ
東奔北走
福島県の水産業者が販路拡大に挑んでいる。百貨店向けを開拓したり、新商品を開発したりして消費者を引き付ける。東京電力福島第1原発でたまり続ける処理水の海洋放出が来春以降に迫るなか、「処理水や風評を販売低迷の言い訳にしない」と奔走している。

干物製造の丸源水産食品(いわき市)は百貨店など小売業者向けの販路を開拓する。地元産のメヒカリ、カレイなどを独自製法で仕上げた「縄文干し」を歳暮・中元ギフト、カタログ販売用の商材として売り込む。
下処理をした魚を調味液に漬け、氷点下で一晩熟成する。大型扇風機にあてて日陰でおおむね6時間以上干す。ギフト用の詰め合わせは5品で3600円から。「薄利多売はしない」(佐藤幹一郎店主)という。

従来は主に加工場併設の直売所やインターネットなどで消費者に直販してきた。事業者向けの比重を増やし、売上高全体に占める割合は現在の約1割から5割への引き上げを目指す。
佐藤店主は「首都圏の顧客から処理水の安全性について聞かれたことがある」と話す一方、「売れなければ自分たちの商品に問題がある。処理水や風評を売れない理由にはしたくない」と強調する。
海産物小売り・卸売りの「おのざき」(いわき市)は、煮こごりにしゃれた包装を施した新商品を開発。同市内の直営店や道の駅などで販売している。小野崎雄一取締役は「いわきを代表する土産にしたい」と意気込む。

同社は来年で創業100年。小野崎取締役は地域密着の営業を維持しつつ「商品価値を高め、安売りや大量販売から脱却したい」と話す。「常磐もの」と呼ぶ地元海産物のブランド向上のため、SNS(交流サイト)での情報発信、イベント参加、視察ツアー受け入れなどを積極化している。

海産物店を営む「はまから」(いわき市)もアナゴ、アンコウ、ヒラメを使う新商品開発にまい進する。阿部峻久代表はユーチューブへの動画投稿も続け、常磐ものの魅力発信に努める。

骨切りしたアナゴをかば焼きにした冷凍商材は電子商取引(EC)サイトを中心に人気を集め、累計約1万個を売るヒット商品になった。原料のアナゴは出漁回数などが限られる地元産が足りなければ、隣の茨城県に買い付けに行く。阿部代表は地元での水揚げ増加を望む。

海外市場の開拓を目指す会社もある。アオサノリ(ヒトエグサ)の加工を手掛けるマルリフーズ(相馬市)。担当者がタイの視察に出向き、使い方の提案などによる認知度向上を模索している。
同社は水揚げしたノリから異物を取り除く洗浄力を売りに、主に業務用で出荷する。素材は地元の松川浦産だけで賄い切れず、愛知県などから仕入れる。赤間謙一営業部長は「風評を引きずっていてもしょうがない。客に納得してもらえる商品を作る」と話す。

バイヤー「福島産、特別視せず」 新たな提案に期待
福島県は10月下旬、首都圏などのバイヤーを県内に招いた水産加工品の商談会を初開催した。百貨店やスーパーなど22社が参加し、県内の17事業者が商品をアピールした。
川崎、横浜両市でスーパー8店を展開する大寿(川崎市)の大野孝将社長は「福島産を特別視することはない。他産地よりも良い品質の商品があれば当然選ぶ」。原発事故の影響を気にかける消費者はごく少数とみており、「自分は気にしていない」と話した。
同県の沿岸漁業の水揚げ量は低調だ。2021年は5045トン。20年比で約1割増えたが、原発事故前の10年の2割に満たない。水産加工業者には水揚げ量増加のペースアップを求める声が多いが、漁業者側は慎重姿勢を崩していない。県内には「原発事故の賠償金支給が漁師の出漁意欲をそいでいる」との声もある。
産直スーパー「こだわり商店」(東京・新宿)を経営する安井浩和氏は「放射性物質の検査体制が整っており、福島産を扱うことにためらいはない」と指摘。「漁獲量増加は商品ラインアップ拡充や安定した数量供給につながる。ニーズがあることが漁業者にも伝わってほしい」と話す。
阪急阪神百貨店のバイヤー、今岡憲俊氏は「おいしいものは市場で飽和している。生産者とつながりをつくるなど、消費者が楽しめる要素を付加したい」と新たな販売手法を模索。福島の生産現場を訪ねる観光と組み合わせるのも一案という。
(黒滝啓介)
東日本大震災から12年となった被災地。インフラ整備や原発、防災、そして地域に生きる人々の現在とこれからをテーマにした記事をお届けします。