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フランス先頭に原発へ回帰するEU(The Economist)

The Economist

単一通貨ユーロ、国境審査なしで欧州連合(EU)域内を行き来できるシェンゲン協定、EUの"国歌"となったベートーベンの「歓喜の歌」、バターの山を生んだEUの農業政策、EU創設を定めたマーストリヒト条約。これらが登場する前から欧州を結びつけてきたのは原子力だ。

コニャックの営業マンから政治家に転身し、EU創設の父となったジャン・モネは「原子力の平和利用は欧州統合の原動力になるだろう」と書き記した。欧州統合は、何よりもまず原子力を推進するためのプロジェクトだった。

1957年、欧州6カ国はEUの前身、欧州経済共同体(EEC)を設立するためのローマ条約に調印した。同時にこの条約によって、あまり知られていない各国の原子力発電セクターを監督する組織「欧州原子力共同体(ユーラトム)」も創設した。当時、共通市場という構想はまだ漠然としていたが、原子力エネルギーが持つ可能性は明らかだった。

結束の源だった原発が今は対立の種

かくして原子力は当時こそ欧州結束の源だったが、今は不和の種となっている。EECがEUに発展した一方で、ユーラトムの存在感は後退した。EU加盟27カ国で今も原発を維持するのは13カ国だけだ。原発を禁じている国もある。そしてEUの政策決定に大きな力を持つ独仏2カ国は現在、原発を巡り真っ向から対立している。

フランスが電力の7割強を原発で賄っているのに対し、ドイツは2022年までにすべての原発を閉鎖すると決めている。仏など原発に積極的な国々は原子力エネルギーの未来は明るいと考えているが、ドイツなど懐疑派の国々は原発を問題を抱えた過去の技術とみなしている。

それだけにEUはある疑問への回答を迫られている。原発は(他の発電方法に比べ二酸化炭素=CO2=排出量が非常に少ないため)環境にやさしいのか、それとも(まれだが事故が起きると極めて危険なため)環境にやさしくないのか、という疑問だ。

EU各国政府が様々な投資規制を強化する中、環境への負荷を減らすグリーンな産業は今後、補助金や低コストの資金調達を期待できる一方、環境負荷が大きい産業は厳しい状況に置かれることになる。EUがこうした問題にどう結論を出そうとしているのかをみれば、EUがどんな組織なのかがよくわかる。

結論に至るまでの政治的な側面をまずみてみよう。独仏の原発政策を巡る対立が、従来では考えられない派閥をEU内に生んでいる。フランスとポーランドやチェコなどの東欧諸国は、普段はいがみ合う関係だ。仏政治家は総じて東欧諸国を金のかかるEUのお荷物とみなしており、同地域からの労働者の流入が自国労働者の賃金を引き下げているとみている。一方、東欧諸国は仏をロシアにこびる保護貿易主義国だと考えている。それでも原発を巡っては両者は盟友だ。

原発巡る論争ではドイツ敗北の可能性が大

ついEUを財政規律が甘い南欧と財政規律を重視する北部欧州に分類しがちだが、実際のEUの政治はもっと複雑で刻々と変化する。原発を巡る政治も例外ではない。

今回の原発を巡る論争では、ドイツが敗北する可能性が高い。独政府は11年の東日本大震災と津波で日本の福島第1原発がメルトダウン(炉心溶融)した事故を受け、脱原発の方針を固めた。メルケル首相は以来、ほぼ10年で脱原発を実現させるとした。

ベルギーからブルガリアまで様々な国がドイツに追随し、原発の新規建設計画を白紙に戻し、既に稼働中の原発は停止すると約束した。だがその後、世論は様変わりした。

ドイツは原発をクリーンエネルギーに分類することに反対しても、他の加盟国から十分な賛同を得られないことを承知している。オーストリアとルクセンブルクは恐らくドイツに追随するが、他に加勢しそうな国はない。ドイツはEUで最も力を持つと考えられているが、必ずしもそうではない。

一方、フランスはEU内での影響力をますます強めている。今やEUの多くの政策を巡る議論は仏の望む方向に進んでおり、EU各国が原発重視に再び回帰しつつあるのも、その一例だ。

EU各国は、今や統制経済の色彩を強めつつある産業政策から、世界にEUの影響力を拡大させようとする外交政策まで、あらゆる面でフランスに同調するようになっている。EUでの仏語の使用拡大を求めるフランスの要望は退けられつつあるが、原発政策も仏政府の主張が受け入れらつつある分野だ。

EUはあらゆる物事を交渉で決める。議題が何であれ賄賂や脅し、相互に利益を得るための結託など、様々な手段を駆使して合意を形成していく。

EUが原発を「環境に優しい」とすれば補助金の対象に

EUでは今、天然ガスの火力発電を巡っても原発と似た議論が起きている。ガスの火力発電を支持する向きは、CO2を発生させても石炭火力よりクリーンだと主張する。だが原発は賛成でもガスの火力発電には反対という加盟国もあれば、その逆の国も、両方に反対する国も、両方を必要とする国もある。

本来、原発とガスの火力発電は別問題だ。だが各国政府と最終承認を下す欧州議会の議員らの頭の中では、この2つは深く結びついている。様々なグループの利害が複雑に絡み合うため、到達する妥協案は誰にとっても満足のいくものにはならないだろう。

原発を巡る政治や天然ガスを巡る政治が絡み合う以上、政策はその影響を受ける。同じように激しい論争を巻き起こしている歳出を巡る規制改革に関する議論をみるといい。現状では、日常的な支出については厳格なルールを維持する一方で、低炭素社会への移行を目的とした支出については、各国に柔軟な対応を認めるという妥協案に至る可能性が高い。

その場合、EUとして民間部門の原発を環境に優しいと位置づけると、原発への補助金等の財政出動も認めざるをえなくなる。そうなるとドイツの有権者は、ライン川を挟んだ隣国フランスが自分たちが危険だと考える原発に多額の資金を投じるのを傍観するしかなくなる可能性がある。

EUのあらゆる機関は政治と無関係ではいられない。原発がクリーンか否かを最初に判断する欧州委員会は建前上、専門家としての立場から問題に答える公務員集団だ。だが、委員たちは現実には原発が極めて政治的テーマであることを知っている。

そのため彼らは、ドイツで強硬な反原発である緑の党を含む新連立政権が発足する前に解答を出しておいた方がよいとも認識している。メルケル首相が退任する前に何らかの妥協案をみつけられれば、それは彼女のさらなる功績となるし、連立政権の一翼を担うことになる緑の党も、前政権が決めた既成事実だからもはや自分たちは何もできないと責任を負わなくてよくなる。選択肢の中から最もひどくないものを選ぶのが官僚であり政治家だ。中世の政治思想家でフィレンツェ共和国の公務員でもあったマキャベリもそうだった。

今後EUは原発を一体となって推進

原子力政策は、問題がエネルギー確保だろうが環境保護、または経済であろうがEUが運命共同体であることを再認識させる。最もクリーンなエネルギーしか使っていないと胸を張る加盟国も、域内エネルギー市場の統合が進めば、議論を呼ぶエネルギーに依存せざるを得ない国から恩恵を受けることになる。

EUという巨大組織はますます均質化し、独自路線を歩みたい加盟国にとって、その余地は減りつつある。集団で下した決定である以上、加盟国はそれに縛られる。

モネは「加盟各国がバラバラに原子力政策を追求すれば混乱を招くことになる」と書いた。EUの原子力政策は反対する国があっても一体となって進めていくことになるということだ。

(c) 2021 The Economist Newspaper Limited. October 30, 2021 All rights reserved.

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