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ハリス氏は次の米大統領になれるか(The Economist)

The Economist

ハリス米副大統領について、FOXニュースやその系列局を視聴している何百万人もの米国人の耳に届いていることがある。いくつか列挙しよう。不法移民が押し寄せる南部国境問題の担当にハリス氏が任命されたのは、「肌の色が茶色いからだ」と。

同氏が出版した絵本「スーパーヒーローは身近にいる」は、移民の子供に無償で配布されているが、不正がからんでいるらしいといったものもある(共和党全国委員長のロナ・マクダニエル氏はツイッターに「バイデン政権が国境の危機に直面しているのに乗じてハリス氏は金もうけをしているのか」と投稿した)。

ハリス副大統領は次期大統領候補として有力視されるが、党内には懸念を抱く層もいる=ロイター

また、大都市圏のエリート層はハリス氏を崇拝していて、現に「ヴォーグ」誌は美しいメラニア・トランプ前大統領夫人を差し置いて、ハリス氏を表紙によくも起用したものだという批判。そしてハリス氏のめいで起業家のミーナ・ハリス氏は白人嫌いの人種差別主義者で、他者の過ちを糾弾する「キャンセルカルチャー」の申し子だといった批判まである。

つまり、主流メディアでは、ハリス氏がバイデン大統領の信頼を獲得し、与えられた職務を全うしようとしていると冷静に伝えられる一方で、右派メディアでは、常に白人にとって不愉快な問題を取り上げる腐敗したエリート層の恥ずべき一員というレッテルを貼られているということだ。ちなみに、同氏が担当しているのは国境問題ではなく、不法移民対策を巡るメキシコとグアテマラとの交渉であり、同氏の絵本が配られているという事実はない。

FOXニュースの政治トーク番組の司会者タッカー・カールソン氏は大統領選挙戦の最中に、ハリス氏のヒンディー語に由来する名前「カマラ」を正確に発音しようとせず、同氏に対するこうした中傷を手際よくまとめてこう言った。「ハリス氏はグローバル化推進論者のスーパーヒーローだ。ヴォルデモート(ハリー・ポッターの登場人物)と同じで、名前をどう発音すればいいかもわからない」

3年後の候補指名の可能性も

こうした批判は目に見えていたかもしれないが、ハリス氏は普通の副大統領ではない。有色人種としても、女性としても初の副大統領であり、所属する民主党は多様性を基本理念に掲げている。ハリス氏が党の次期大統領候補になることは確実とされている。次の大統領選までにはまだ時間がある現時点でも、次期大統領候補から外れることは想像しがたい。バイデン大統領が78歳という高齢であるため、ハリス氏が党の大統領候補に指名されるのはわずか3年後かもしれない。

しかも、共和党の混乱が深刻化していることを考えれば、大統領選本選も前回と同じく極めて重要になる公算が大きい。そこで問題になるのは、ハリス氏がオバマ元大統領のように右派の誹謗(ひぼう)中傷を乗り越えて中間層の心をつかめるのかどうか、あるいは、ヒラリー・クリントン氏のように右派につぶされてしまうのかということだ。民主党幹部はその点を危惧している。現政権幹部に近い民主党員によると、「皆口々に『困った、次はカマラだけに前途多難だ』とため息を漏らす」状態だという。

巧みな弁舌を別にすれば、オバマ氏が大統領に当選した勝因は、同氏が身をもって白人を理解していたために白人を安心させられたことにある。白人女性の息子として生まれ、白人の祖母に育てられた同氏はより良い時代を全国民に約束し、自分から人種問題に踏み込むことはほとんどなかった。

だが、ハリス氏の場合は違う。同氏の両親は公民権運動が縁で知り合った南アジア系とジャマイカ系の移民で、娘を黒人として育てた。ハリス氏本人は、カールソン氏が作り上げた復讐(ふくしゅう)に燃える人種問題の戦士という好戦的なイメージとはまるで違う。だが、オバマ元大統領とは異なり黒人の権利を代弁するアイデンティティー政治を利用する傾向がある。

白人票を獲得できる民主候補を支持するアフリカ系米国人

これではカリフォルニア州での選挙では勝てても、大統領選では惨敗を喫しかねない。それは、慎重を期したオバマ氏ですら白人からあれだけの反発を受けたことを見ても明らかだ。また、ハリス氏は党の指名候補争いで黒人の支持すら得られず苦戦した。

アフリカ系米国人は最も白人票を得られそうな民主党候補を支持する傾向があり、その判断に基づいてバイデン氏支持に回ったのだ。ハリス氏はテレビ討論会で一発逆転を狙い、バイデン氏が人種問題に対して無神経だと非難(「あなたが人種差別主義者だとは思わないが」と発言)したが、アフリカ系のバイデン氏への支持が強固になっただけだった。世論調査では、同氏の発言が黒人有権者に安易でこそくとみなされたことがわかっている。

ハリス氏の現在の職務もプラスとマイナスの両面がある。同氏はこれまで副大統領として明確な役割を築いていない、あるいは政治に明るいスタッフの起用が十分ではないと批判されている。これは公平な指摘ではないだろう。同氏にとって喫緊の課題は、現政権を成功させるためにバイデン大統領の政策をすべて実現させること(バイデン氏との関係改善も必要)であり、一定の成果は上げているようだ。

ハリス氏は先ごろの中東外交にも関与し、近くメキシコシティを訪問する予定でもある。外交面の経験は浅いが、バイデン氏の外交政策を広める政権の顔としての役割を立派に果たしている。

ハリス氏に対する批判の根底にあるのは、バイデン氏の後継者が務まるのかという懸念だけではない。ハリス氏の立場が特殊という事情もあるようだ。

1970年代末からカーター政権で副大統領を務めたウォルター・モンデール氏が副大統領の権限を拡大して以来、歴代の副大統領は1期目には政権のために尽くし、再選が決まれば、自ら大統領選に打って出る準備をするのが通例だった。ハリス氏への批判を見る限り、同氏にはこの2つを同時にこなすことが求められているようだ。だがそれは現実的ではなく、そうしようとすればかえって批判の矢面に立たされる。

ハリス氏は候補指名争いの敗因理解すべき

ハリス氏には先延ばしにできない政治的課題が1つある。自身が民主党の大統領候補指名争いに敗れた原因を理解することだ。同氏の人種や性別が選挙でどんなに不利に働いたとしても、それらは主たる敗因ではない。

同氏の演説は、(まるで「トランプ氏の訴追」を求めて)数人で書き上げたマーケティング会社の大げさな宣伝文句のようだった。早々に撤回されたものの、民間医療保険を廃止すると公約したことで、同氏には明確な主義主張がなく、大きな政府を重視する左派なのか、あるいは企業や経済的機会を重視する中道寄りなのか方向性がはっきりしないという印象を与えた。

だからこそ、出馬当初に同氏に注目した識者や献金をした人たちはすぐに別の候補の支持に回った。結果的に同氏は、バイデン氏を相手に人種問題という切り札を切る挙に出た。不安になる民主党員がいるのも無理はない。

ハリス氏がじっくり思いを巡らすべきは、中道派のバイデン氏、そしてその前にはオバマ氏が希望と機会、全国民の結束を掲げて大統領に選ばれた事実だ。民主党が(いくら切望したとしても)、これとは別の方法で米国人の政府への不信や人種の政治問題化を解消できる保証はない。ハリス氏を高く評価しているオバマ氏は、ハリス氏も同じ戦略を取ることができると信じているに違いない。

オバマ氏は昨年、2つの大きな政治的判断を求められた。ハリス氏が副大統領としてふさわしいと訴えることがその1つであり、もうひとつは候補者選びの初期段階でバイデン氏を支持も評価もしていなかったことだ。我々にとってオバマ氏の判断が両方とも間違っていたとしたら、それは悲惨なことだ。

(c)2021 The Economist Newspaper Limited. May 29, 2021 All rights reserved.

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