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揺れる半導体研究の「中立機関」(The Economist)

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The Economist

ベルギーの都市ルーベンは、同国を代表するビール「ステラ・アルトワ」発祥の地として知られる。だが世界の半導体メーカーの間では、そのルーベンビール研究所からほど近いところにある建物が有名だ。

その建物の正面は超小型回路がエッチングされたシリコンウエハーのように輝いている。中に入ると低層階では、人類が考案した最も複雑な機械が複数(30億ドル=約3300億円相当)ブーンと音を立て稼働している。上層階のオフィスでは数百人に上る世界で最も研究熱心な半導体エンジニアらが半導体製造の未来に思考を巡らせている。

この建物が、半導体の非営利の国際研究機関Interuniversity Microelectronics Centre(imec)の本部だ。imecは、米半導体大手インテルのような半導体の設計も、半導体受託生産会社(ファウンドリー)世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)のような半導体の生産も、オランダのASMLのように複雑な半導体製造装置の生産もしない。代わりに今や5500億ドル規模に達する半導体産業の誰もが利用する知識を創出している。

最も資金を出す企業でも全体の4%は超えない

足元の半導体不足に起因する様々な大混乱が示すように半導体は現代経済の中心的役割を担い、その地政学的重要性は高まっている。そのことがimecを世界で最も重要な研究開発拠点の一つにしている。imecのリュック・バンデンホッフ最高経営責任者(CEO)は、同機関を永世中立国になぞらえ「半導体業界のスイス」と呼ぶ。

imecは1984年、ルーベン・カトリック大学の電子工学のエンジニアらが、マイクロプロセッサーに特化して研究を進めるために設立した。当初は地元フランドルの自治体が資金を提供していた。今は特定の企業、あるいは国が予算の大部分を支配するのを防ぐ財務モデルを導入し、中立性を維持している。

現在はベルギー政府が資金の約16%を出す最大の資金提供者だ。最も資金を出す企業でも全体の4%を超えることはない。収益源の多様性を保ち(提携先は半導体業界のありとあらゆる企業に広がる)、契約期間を限る(研究開発に関する標準的な契約期間は3~5年)ことで、特定企業のためだけではなく、半導体製造全体の向上に役立つ発想やノウハウの開発に集中することを可能にしている。

先端半導体の微細加工に使う技術「EUV(極端紫外線)」の開発はその好例だ。EUVの露光作業は高出力レーザーや溶融すず、多層膜ミラーを用い、細心の注意を要する。EUV露光装置はバスほどの大きさで、現在はASMLのみが製造し、TSMCや韓国の半導体メーカー、サムスン電子が使っている。

着想から実現に20年を要したEUVは、imecが中心となって各社のとりまとめ役を務めた。EUVは、他の企業が製造する半導体製造装置とシームレスに作動する必要があるためだ。半導体製造装置メーカー各社は、自社の知的財産(IP)を大企業に支配されることなく普及させたいと考えている。一方、大手半導体メーカー各社も(半導体の製造工程に劣らず)多額の費用がかかり、陳腐化する恐れのある実験段階のアイデア一つだけに集中投資するのは避けたいのが本音だ。

中立的存在であるimecなら、こうした両者のニーズを満たすことができる。imecは必要な機器すべてを1カ所に集めることで、製造各社が互いに協力しつつ技術開発に取り組めるようにしてきた。こうしてimecで創出されたIPは、そのプロジェクトに参加した企業なら誰もが利用できる。バンデンホッフ氏は、半導体業界が発展してきた背景にはimecが世界中のアイデアを「1カ所に集約」し、それを互いに自由に共有、交換してきたことが大きいと語る。

そして、この事業モデルがさらに様々な協力者を引き付ける格好になっている。imecでは常時「数百社」が活動しており、スタートアップからASMLやTSMCを含む業界の優良企業まで幅広い。今年インテルのCEOに就任したゲルシンガー氏も、同機関を高く評価している。

提携企業が増える一方、提携先各社からの資金提供額も増大している。imecが研究を進める上で調達する半導体製造装置(多くは割引価格で入手できるとはいえ)が値上がりしているのも一因だ。その結果、研究開発契約費や試作品製作、設計サービスから得る収益は2020年には10年から倍増し、6億7800万ユーロ(約880億円)に達した。imecが得る年間資金額は既に米フォード財団や米がん協会などの大手慈善団体に匹敵し、活況を呈する半導体産業とほぼ同じペースで拡大している。

米中対立が脅かす中立性

だが半導体大手を複数を抱える米国と、昨年3780億ドルの半導体を輸入した中国の対立の高まりが、企業の垣根を越えて世界的に協力し合うというimecの精神を脅かしつつある。半導体の自給自足を目指す中国共産党政府の方針で中国半導体業界の姿は海外から見えにくくなっているうえ、欧米の輸出管理強化により中国の半導体企業が海外市場から締め出されるケースが増えている。imecと中国半導体企業との協力も当然、狭まりつつある。

imecが過去に中国企業と共に開発を手掛けたのは周知の事実だ。その中には半導体部門を抱え、米国の制裁によって打撃を受けた通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)や、中国最大の半導体メーカー、中芯国際集成電路製造(SMIC)も含まれる。

imecで働く中国人研究者は3.5%と地域・国別で5番目に多く、米国の1.5%を上回る。上海にimecの支部もあるが、本部ビル内低層階で中国製機器は見かけない。imecは個々の提携先企業について話さないが、中国企業と契約は少しあると言う。ただ、最先端の機密性の高い技術に関するものではなく、欧米が定める最新の輸出規制等の指示に従ったものだという。バンデンホッフ氏は、中国の先端を行く半導体製造装置メーカーと「大きな提携」はないとも語った。

中国に流入する半導体製造を巡る情報が減り、中国からの情報流入も減ればimecが集約する世界的な技術に中国のノウハウが統合されていくことはなくなる。西側と中国のテック業界の溝が拡大していく中でimecにできることはほぼない。そのため同機関は、最も得意とする最先端の半導体製造技術のさらなる進化に注力している。

独半導体製造装置メーカーのズース・マイクロテックはimecと複数のプロセッサーを並べて実装するために半導体チップをスキャンして3Dイメージを作る大型機械を開発した。これはナノ(10億分の1)メートル単位の高度な技術だ。imecの別の場所では医療技術部門の責任者ペーター・ピューマンス氏がある試作機を納品しようとしている。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)中に開発した、ある半導体を使ったこの装置は、これまで数時間かかったDNAの配列解析を数分でできる。

ジャビエール・ロッテンバーグ特別研究員は、薄型テレビの製造技術を使って半導体ベースの超音波センサーを開発中だ。実現すれば、今の手持ち式スキャナーより何倍も大きな超音波スキャナーにより一度で一気に全身画像をより高い解像度で読み取ることが可能になる。

こうした取り組みが、imecが中立的な立場を維持しつつ次々と新たな発想を実現するのを可能にしている。だが半導体を巡る地政学的緊張が高まる中、imecがスイスのような中立性を維持することは今後、難しくなっていくだろう。

(c) 2021 The Economist Newspaper Limited. September 25, 2021 All rights reserved.

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