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中国独禁法、革新損なうリスク(The Economist)

The Economist

反トラスト法(独占禁止法)は極めて米国的なものとされてきた。1773年のボストン茶会事件も、英東インド会社による茶葉の独占販売への抗議という側面があった。

中国の独禁法運用強化には習近平国家主席が自分の政敵にもなり得たアリババ集団の馬雲氏(写真)など、中国テック大手の経営者らを潰す狙いもあったとされる=ロイター

トラストとは「市場の独占を狙う企業」に由来する。19世紀の米経済で一大勢力を築いた石油大手スタンダード・オイルは一例だ。反トラストとはそうした企業と戦うことを意味する。20世紀により広い意味を持つようになり、企業の自由な活動だけでなく、政治的な自由の確保も意味するようになり、反トラストは米国の信念ともされてきた。

スピード、適用範囲、処罰の厳しさで米抜く中国独禁法

中国共産党が支配する中国では2008年に独占禁止法が施行されたが、米国とは対照的に多くの場合、それは外国企業の締め付けに使われてきた。それだけに中国の独禁法をオーウェル的職権乱用の典型と片付けるのは簡単だ。

だが中国政府は自国企業に対し、突然、その独禁法の適用を強化しだした。その活動は奇妙な頭字語で呼ばれ、旧東独のシュタージ(秘密警察)のように不意打ちの捜査を得意とする組織が、終わりのない恐怖と驚愕(きょうがく)の物語を繰り広げている。かくして中国の巨大テック各社は、瞬く間に当局に尻尾を振る従順な飼い犬へと姿を変えている。

この一連の動きは規制面の新たな独裁主義の台頭といえる。米中双方にとって、自国が抱える巨大テック企業の持つ大きな力をどうするかは共通する悩ましい問題だ。

ただ習近平(シー・ジンピン)国家主席が昨秋、独禁法などを統括する国家市場監督管理総局(SAMR)にゴーサインを出して以降、中国は独禁法適用のスピード、範囲、処罰の厳しさのすべてで米国を一気に抜き、新たな「テックラッシュ(テック企業たたき)」の在り方を示すこととなった。巨大テックを苦々しく思う米国の人々に、中国はそうした企業に身の程を思い知らせる手本を示した格好だ。だが、それは米当局が中国と同じ手法をとれたらのことであって、そんなことは米国ではあり得ない。

まずスピードの違いがある。反対派の意見にも配慮する必要がある民主主義の米国に対し、スピードは中国共産党が握る最大の強みだ。米巨大テックの経営者らは政治家をなめているから、退屈な議会公聴会に召喚する必要などない。代わりに中国当局がネット通販最大手のアリババ集団およびその傘下のフィンテック企業アント・グループも創業した馬雲(ジャック・マー)氏にしたように、目立つ行動をしばらく控えざるをえなくすればいい、と言いたいがそうはいかない。

中国テック各社の億万長者らは即、当局の意図を読みとった。ネット通販大手の拼多多(ピンドゥオドゥオ)と動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)の創業者は、経営の第一線から引くと発表した。いずれも馬氏が公の場から姿を消してわずか半年ほど後のことだ。

また、20年12月にアリババ集団を独禁法違反の疑いで捜査して、4月に182億2800万元(約3000億円)の罰金を科すまで4カ月しか要しなかった。米国の司法省と11州が20年10月に米グーグルを検索ビジネスで独占的地位を乱用した疑いで提訴したが、裁判が始まるのは23年だ。何という違いか。

様々な法改正で絶大な権力握る中国の独禁法当局

独禁法の適用範囲も違う。中国では独禁法を適用する上で、米国のように煩わしい裁判所が立ちはだかることはない。一党独裁体制で許されるあらゆる手段を用いて不届き者に鉄ついを下すのが中国のやり方だ。一連のテック企業への独禁法適用強化が始まる前に「中国の独禁法の例外主義」という著書を出した香港大学の法学の張湖月(アンジェラ・チャン)准教授は、中国の独禁法は当局が権力と影響力を得ようと画策することから始まったと指摘する。

独禁法の運用当局が最近、権力を猛烈に振るうのは様々な分野の法改正により絶大な権力を握るに至ったからだ。ネット上での差別的な価格設定から優越的地位の乱用、取引先の不当な扱い、テック企業の合併で当局への事前申請漏れなど今や取り締まりの対象は幅広い。中国配車アプリ最大手の滴滴出行(ディディ)は、6月末にニューヨーク証券取引所に上場した数日後に当局に国家安全保障上の理由から、そのデータ管理に問題がないかスパイ行為がないかの審査を受けた。

ディディや独占的と批判された中国企業が裁判所に保護を求めることはない。中国では独禁法当局が司法のチェックを受けることはない。張氏は、中国の当局はどこも「捜査から起訴、判決まで全権を掌握している」と記している。つまり警察、判事、陪審員の役割を全て担っている。

米国は正反対だ。米首都ワシントンの連邦地裁は6月、米連邦取引委員会(FTC)などが20年12月に米フェイスブック(FB)を訴えた訴訟で、米政府はFBがSNS(交流サイト)市場で独占的地位を築いていると証明できなかったとして訴えを棄却した。スピードでも、適用範囲でも中国には勝てない。

急減する中国テック企業の時価総額

3つめの違いは処罰の厳しさだ。中国テック大手が最も恐れるのは罰金ではない。アント・グループのように事業モデルの変更を余儀なくされたり、企業としての信頼を失ったりすることだ。当局は国営メディアや大衆の怒りを利用して、そうした企業の売上高や株価に大打撃を与えられる。一連の取り締まり強化で中国のネット大手5社の時価総額は今年、既に計1530億ドルも減った。

米国では訴訟や調査、公聴会の実施にもかかわらず、アルファベット、アマゾン・ドット・コム、アップル、FB、マイクロソフトの時価総額は計1.5兆ドルも拡大した。中国企業が政府に降伏する一方、米企業はカーンFTC委員長などの規制派に公然と反論、反撃している。バイデン政権が司法省の反トラスト法担当トップに選んだ、グーグル批判で知られる弁護士ジョナサン・カンター氏も似た反撃を覚悟せざるをえないだろう。

中国企業のアニマルスピリットを潰す危険

米国では最近、「中国」より「テック」の方がイメージが悪いだけに米独禁法当局は、中国独禁法当局が握る絶大な権力を羨ましく思うかもしれない。中国政府は対立する米国から反トラスト法というお株を奪っただけでなく、戦略的な狙いも実現させた。習氏は、自らの政敵にもなり得た、国民の人気を誇るテック各社の億万長者への支配力を強め、中国政府は膨大なデジタルデータを監視する権限も手に入れたのだ。

これは中国政府が目指す他国に依存しない「自立」に向けプラスに働く。目標は共産党支配下で、中国のテック各社が世界最先端の革新を次々に起こし、技術で世界トップを走ることだ。

だが経済的自立を目指すことはリスクを伴う。中国の有力テック各社は、米国での上場計画を次々に中止している。既に米国で上場した中国企業の時価総額は計2兆ドル近くに達するが、上場を諦めるなら従来のように容易に資金調達はできなくなる。テック企業たたきは、技術革新を次々に生む彼らのアニマルスピリットを潰す危険もある。

中国政府が自国企業を痛めつけるなか、皮肉にも米中それぞれのデジタル市場では、テック各社が互いの領域に進出し合う一方、新興企業が既存企業に戦いを挑むなど競争は激しさを増している。今、必要なのは企業の弾圧ではなく支援だ。

米政府は巨大テックを解体するのではなく、いつの時代にも米国の最大の武器だった自由市場、法の支配、そして適正な手続きの在り方の全てを強化すべきだ。これが米国が中国に伝えられる教訓の一つであり、最も重要な教訓である。

(c) 2021 The Economist Newspaper Limited. July 24, 2021 All rights reserved.

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