水素市場発展に地政学のリスク IRENAが報告書

【ドバイ=岐部秀光】国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は15日にまとめた報告で、水素市場の発展がエネルギー安全保障の強化につながると指摘する一方、サプライチェーン(供給網)の構築にリスクが潜むと警告した。
次世代のクリーン資源として注目を集める水素はエネルギー市場の構図を大きく変化させるとみられている。供給国と消費国の対立をまねき、世界の政治や経済を揺さぶるリスクはないのか。
アラブ首長国連邦(UAE)アブダビに本部を置く国際機関であるIRENAは「エネルギー転換の地政学 水素ファクター」と題した報告で、世界のエネルギー消費に占める水素のシェアが2050年までに最大12%に達すると推計した。水素の製造に適している地域として、広大な国土や豊富な太陽光にめぐまれた中東、アフリカやオセアニアが有力であると指摘した。
今後、エネルギー需要が膨張することが確実なアジアは、水素製造のための気象条件にめぐまれず、化石燃料と同じく買い手の側にまわらざるを得ない現実が浮き彫りになった。
報告は「水素が消費国のエネルギー輸入依存を減らし、価格変動を抑制し、エネルギーシステムの柔軟性、耐久性を高める」と分析した。そのうえで、投資の失敗、関連資源へのアクセスなどにリスクがあると指摘した。

輸出国が抱えるリスクは収益性だ。「水素に対する需要は広がり始めたばかりで、オーストラリアや中東・アフリカ、南米などで計画されている事業の将来には不確実性がある」と分析した。
巨額の関連事業が発表されたが、多くは承認プロセスの遅れなどで実現が後にずれている。21年にオーストラリア政府は環境への影響の懸念を理由に世界最大級の水素製造事業について認可を出さなかった。
かつての石油輸出国機構(OPEC)のように輸出国が水素資源を政治ツールとして利用するおそれもある。「水素取引の初期段階では貿易相手が限定され、売り手も買い手も二国間の長期契約で固定されやすい状況にある。市場に流動性はなく、突然の取引停止が売り手と買い手の双方に大きな打撃をおよぼしかねない」とした。
水素は世界の多くの地域で製造される。石油や天然ガスのような採掘型のエネルギーではなく転換によって生み出されるのが特徴だ。「水素市場に石油のようなカルテルが登場する可能性は低い」と報告は分析している。
水素は、産油国にとっても経済多角化の重要なカギをにぎる技術だ。既存のエネルギー・インフラや労働者の技能、貿易パートナーとの関係といった資産を最大限に利用できる利点がある。
報告は水素や再エネ関連の資源をめぐるリスクについても指摘した。水素市場の急速な成長は、電解装置で使われるニッケルやジルコニウムの需要拡大につながる。プラチナやイリジウムなどの金属は不足しているだけでなく、生産地が南アフリカに偏っているという問題も抱えるという。
IRENAは水素市場の発展のカギを握るのは一貫した透明性のあるルールや基準づくりであると訴える。標準化が遅れれば市場が分断され、国家対立のリスクが高まる。「標準づくりこそが地政学的な競争と国際協力の舞台であり、一貫した透明なグローバルシステムはすべてのプレーヤーの利益となる」と指摘した。
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