2019年2月21日(木)

庶民派の殿下にお別れ 桂宮さま「斂葬の儀」

2014/6/17付
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哀愁を帯びた雅楽の調べに包まれ、ひつぎを乗せた霊車がゆっくりと葬場の中を進んだ。17日午前、東京都文京区の豊島岡墓地でしめやかに営まれた桂宮さまの本葬「斂葬(れんそう)の儀」。サラリーマン経験のある庶民派皇族として親しまれ、病に倒れた後もリハビリを続けて公務を果たされた桂宮さまを、葬場や沿道で多くの人々が見送った。

梅雨の晴れ間が広がったこの日、桂宮さまのご遺体を乗せた車列は午前9時半すぎ、葬場が設けられた豊島岡墓地に到着した。喪主代理を務める三笠宮家の彬子さまらは葬場の入り口「葬門」前で車を降り、霊車の後ろに付き添いながら徒歩で葬場へ。

雅楽の葬送曲「竹林楽(ちくりんらく)」が奏でられるなか、葬列は両脇のテントで起立して見守る参列者の間を進み、踏みしめられる砂利の音が葬場に響いた。

葬列はいったん「幔門(まんもん)」と呼ばれる黒い幕の中へ。ひつぎが安置された後、幕が再び開かれ、調理されていない米やタイ、昆布などの「饌(せん)」や、絹織物の「幣物(へいもつ)」が供えられた。

桂宮さまの学習院時代の先輩で長年親交があった弁護士の一條實昭さんが司祭長を務め、国際交流に尽力された桂宮さまの功績などを紹介する「祭詞」を古い大和言葉で朗読。立ったまま聞いていた彬子さまが白いハンカチで頬を押さえられる場面もあった。

天皇、皇后両陛下は慣例に従い参列されず、使者の川島裕侍従長らが玉串をささげて拝礼。父の三笠宮さまはひつぎの前まで車いすで進み、立ち上がって静かに頭を下げられた。

斂葬の儀に先立ち、ご遺体が安置されていた東京・元赤坂の赤坂東邸では出発の儀式が行われた。皇宮警察音楽隊が演奏するショパン作曲の葬送行進曲が厳かに響くなか、ひつぎが霊車に乗せられ、車列が赤坂東邸を後にした。

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