NHK会長、土俵際で残った 課題は山積

2014/4/4付
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慎重な発言に終始した籾井会長(3日、東京都渋谷区)

慎重な発言に終始した籾井会長(3日、東京都渋谷区)

従軍慰安婦についての発言を巡り、国会などで批判を受け続けてきたNHK会長の籾井勝人がようやく経営に注力する環境が整ってきた。新年度予算の国会承認を取り付け、進退を巡る最大の関門は抜けた。ただ、火種はなお残ったままで、局内の不協和音も収まらない。経営課題は山積しており、難局は続く。

3日、定例の会長記者会見。籾井は何度も広報担当者にメモを差し入れられながら慎重な受け答えに終始した。受信料引き下げについての質問にも「余裕ができたら考えなければならない。だが、断言はできない」と煮え切らない表現。新年度予算の国会承認を得た直後の記者会見で再び波紋を呼ぶような発言があれば、退任圧力が再燃する可能性があったが、なんとか体裁を整えた。

批判の的となった発言が飛び出したのは1月25日の記者会見。その日就任した籾井は従軍慰安婦について「どこの国でもある」と発言したほか「政府が右というものを左というわけにはいかない」と言い放ち、政治的中立性が疑われた。

籾井を会長に任命した経営委員会は昨年秋まで前会長の松本正之の続投を模索していた。業績面で申し分なく、局内の評価も高い。本人も続投に意欲を示していた。しかし、原発報道などが「偏向している」と不満を持った官邸周辺の意向を受けた形で、首相に近い人物が経営委員に相次いで就任。再選の芽がないとみた松本は12月に退任を表明した。「官邸主導人事」とされた籾井の「失点」は野党には格好の政権攻撃材料となった。

世論の逆風も強まり、発言を巡って2日までに2万件以上の批判が視聴者から寄せられていた。

四面楚歌(そか)の状況で籾井を支えたのは国会招致で隣に座り続けた経営委員長の浜田健一郎。「選んだ人(官邸周辺)が守ってくれると思ったら大間違い。NHK会長は民間トップと違う」。浜田はクギを刺し、助言を続けた。浜田には籾井を守るというよりも、混乱を収拾したいという強い意思があった。

「次に問題を起こせば辞めてもらう。私も追い腹を切る」。浜田は籾井にこう詰め寄ったことがある。任命権を持つ経営委の長である浜田にとって「火中のクリを拾ってNHKトップになる人はいない」(経団連副会長経験者)状況での会長退任は避けたい。

全日本空輸時代から国会対策をこなす浜田が籾井の進退を決するヤマ場と見ていたのはNHK予算の国会審議。元総務相の原口一博(民主)は「覚悟してもらう」「本格的にやる」と予告していた。

しかし、籾井は何を聞かれても「個人的見解は取り消す」「放送法を尊重する」を繰り返すばかり。代わって対応したのは浜田だ。会長発言に遺憾を表明したり、注意したりする一方で「新年度予算の国会承認が実現したら、(会長は)一定の説明責任を果たしたことになる」と繰り返し発言。政界やメディアに対し、事態打開に向けた地ならしを進めた。

「政治的に中立」な公共放送であるNHKの予算は全会一致の承認が慣例。浜田は承認されれば慣例が崩れても仕方がないというサインを送り、攻めあぐねた野党は態度を軟化させていった。野党6党は採決で反対したものの籾井を追い詰めるまでには至らなかった。

籾井は窮地をいったん乗り切ったものの「退任論」が再燃する火種は残る。3月に入っても経営委員からは発言を改めて問題視する声があがり、籾井が理事全員から辞表を預かった件を巡り幹部陣との不協和音も出た。元会長の海老沢勝二の流れをくむ政治部出身者らの権力闘争への懸念も浮上する。

4月1日。「エープリルフール向けの冗談じゃないよな」。関係者からは冷めた声が漏れた。同日の入社式での籾井のコメントだ。「たった1人の行為が信頼のすべてを崩壊させることもあります。自らの行為の影響や責任の重さが昨日までと違うことをしっかりと自覚していただきたい」

近く籾井体制で理事など幹部人事に着手する見通しだが、内部の動揺はまだ収まっていない。

籾井は4月中にも今回の発言の経緯などを説明する番組を放映するとしているが、会長発言が受信料収入や契約数に与える影響も見えない。

国会で時間をとられ、次期経営計画の策定などの議論も手つかずだ。東京五輪をにらんだ「4K」「8K」など次世代放送への取り組み。約3400億円に上る放送センターの建て替え工事や国際放送の拡充とその内容など経営の根幹に関わる課題に一枚岩とは言えない局内状況で臨まねばならない。就任から70日。籾井が発言で失ったものは日数以上に大きい。=敬称略

(岡田信行)

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