ブランド、形で見せる デザインが世界企業の力に
佐藤可士和×佐藤オオキ 両氏対談

■可士和氏「印象の統一を」、オオキ氏「経営の発想引き出す」
――可士和さんはユニクロなど世界展開する企業を顧客に持ち、オオキさんは海外の有名ブランドからの依頼も多い。2人から見たグローバル企業の条件とは。
佐藤可士和氏「日本には世界展開している企業はたくさんある。でも、グローバルブランドになっているかというと違う。世界で戦うのに一番必要なのは統一されたブランディングです。例えば私が携わっているヤンマー。日本とアジアでは『ヤン坊マー坊』ですが、欧米ではクルーザーのエンジンなどプレミアムな印象。全く別の会社に見えていました」
「そこで欧米でのイメージに合わせてマークから制服まで刷新、各国の幹部にプレゼンしました。まず内部のイメージを統一する。こうしたインターナル(社内向け)マーケティングの依頼はここ1、2年増えています」

佐藤オオキ氏「ブランディングというのは、中から変わらないといけないのかもしれないですね。海外ブランドは経営者から担当者レベルまでイメージが統一されているのを感じます」
「一方で、彼らは『常に変化しないと』という不安を持っている。確立したブランドを、いかに柔らかく有機的に保持するか。だからルイ・ヴィトンなら『ヴィトンらしさ』のなかであれば何をやってもいい。初の家具コレクションに僕も参加したのですが、ヴィトンのテーマ『旅』を踏まえて、巻いて持ち運べる革1枚の照明というアイデアを提案しました」
可士和氏「ローカライズも同じですよね。国や地域で生活は違うから、例えばカップヌードルなら日本はしょうゆ味、タイはトムヤムクン味でいい。でも前提としてコアなイメージが無いと弱く、マーケティングの効率がすごく悪くなる」
オオキ氏「(婦人服の)セオリーの注文がそれに近かったです。世界各地の店舗のイメージを統一したい。でも完全にコピペでは困る。ロンドンにはロンドンらしさがあるし、人の流れや建物も違う。色々な制約や要素に崩されながらも、いかに印象を維持していくかですね」

――組織としてのデザインへの向き合い方も違うのでしょうか。
オオキ氏「海外で驚くのは、経営者のそばに可士和さんのような人が当たり前にいることです。事細かに製品や外からの見られ方をコントロールする。トップの考えの変化に応じたり、時には『ちょっと違う』と言ったりする。立場はほぼ対等。経営者とクリエーターが『おとん』と『おかん』のようにセットになっている」
可士和氏「クリエーティブが自然に経営に入っているんですね。ダイワ精工から社名変更したグローブライドも、まさにトップの決断でした。ダイワ精工は釣り用具のイメージが強すぎ、ゴルフもテニスもやっているのに伝わらない。問題点を社長と話し合ううちに『やはりそうだ。変えるべきなんだ』と」

オオキ氏「デザイナーはとっぴなことを言い出すんじゃないかと過剰に恐れられたりするんですが、『そうそう、そうしたかった』を引き出すのが仕事ですよね。半分『中』で半分『外』の立ち位置。僕らがずけずけ言うことで社内の事情をあらわにしたり、いろんな地雷を積極的に踏んでタブーを破ったりする」
「その時、デザインという『形』で見せることの力は強い。リアルな物で意識が統一され、何十年も進まなかったことが進んだりします」
可士和氏「そう、形。10月に変えた日清食品グループの名刺はカップヌードルやココナッツサブレなど会社や担当ごとに看板商品の形にしています。言葉より何より世界中の誰が見ても分かる」
――突き詰めるとデザインとは何なのでしょう。
可士和氏「僕は『たたずまい』を作る仕事だと思います」
オオキ氏「とてもよく分かります。僕は『キャラ』と表現していました。世間から『あいつはああいうキャラだ』と見られているけど、本人は分かっていない。それを鏡で見せてあげる。日本企業は『実直でいい人』だけど印象に残らないことが多い。それではもったいないですよね」
可士和氏「『いい物を作ればいずれ伝わる』という発想は変えないと。伝わっていないのは存在しないのと同じです。シェアを持っていてもただの『供給者』で終わってはいけない。ヤンマーでは船のエンジンに付けるロゴプレートもデザインしました。インテルだって半導体メーカーなのにブランディングできているんですから」
■オオキ氏「創造力 身につけよう」、可士和氏「東京五輪 絶好の機会」
――一般の人たちの意識にも違いはあるのでしょうか。
オオキ氏「ミラノサローネなど海外の見本市に出品していて感じるのは、デザインへのこだわりの強さです。関係者だけの日本と違い、若いカップルや老夫婦が普通に見に来て『これは好き』『もうちょっとこうした方がいいね』とか意見を言っていく。日常にデザインがあり、自分たちの物差しがある」

可士和氏「日本人はスマートフォンでみんな大量の写真を撮るようになり、ネットで文章を書く量もすごく増えた。でもまだクリエーティブとは言えない。もうちょっと国民のクリエーティブ力が上がれば日本はすごく強くなるでしょう」
オオキ氏「今はウェブの進化で、一般の人も簡単にサポートを受けられる。画像の加工、楽曲作り、3Dプリンターで物まで作れますから」
「僕は帰国子女で『英語がしゃべれていいね』と言われますが、イタリアの職人と会えば言葉なんて通じません。それより絵を一枚とか形をポンと出せる方が強い。英会話と同じレベルでデザインを勉強すればいい」

可士和氏「そう、デザインは問題解決のツールですから誰でも扱えるようにしたい。音楽はプロでなくてもカラオケで歌うし、スポーツ選手でなくても走っている。それぐらい日常に浸透させたい。料理も年賀状作りも、パワーポイントの見せ方もうまくなる」
「慶応大で講義をしていますが、これも美大じゃない所で教えたかったから。自分で設計はできなくても『コンセプト』を理解できる人を育てる。すると彼らが経営者になったとき、デザイナーが持ってきた物を判断できる。グローバル展開もすごく楽になります」
オオキ氏「東京五輪の招致は事件ですよね。多くの人が訪れ、色々なタッチポイントでデザインが重要になる。クリエーティブの人材がかつてないほど要る」
可士和氏「五輪を通して日本の素晴らしさを伝えたい。次はない、と言えるほど絶好の機会。チームをまとめるプロデューサー的な役割の人を決め、コンセプトを固めて動くべきですね」
◎可士和氏の作品←オオキ氏が論評

▼SMAPのCDキャンペーン 「歩く人まで広告媒体に」 2002年のアルバム「Drink! Smap!」の発売時には、自動販売機でオリジナル飲料を販売。買った人々が「Smap!」と書かれた缶を手に街を歩いた。同「ウラスマ」では東京・渋谷をジャック。ポスターや看板はもちろん、駐車中の車にまでロゴを使ったカバーをかぶせ、話題を呼んだ。
オオキ氏評「街中に置かれているものや、歩く人までが広告媒体になっている。これを見るまでは、広告を載せる場は雑誌などのメディアや看板しかないと思っていました。なぜ限られた領域で戦っていたのか。新しいフレームワークを作ることもデザインなんだと気づかされました」

▼キリンチビレモン 「手数少なく、衝撃」 2000年、キリンビバレッジの「キリンレモン」をベースに企画した子供向け飲料。激戦のコンビニの棚で目立つよう、ペットボトルの真ん中を切り落としたような寸詰まりデザインを採用。容量は245ミリリットル。博報堂時代に手掛け、この作品の成功が独立のきっかけとなった。
オオキ氏評「キャップと足は普通のペットボトルのまま。小さくすることだけで価値を生んでいる。そのかわいさと、デザインに要した手数の少なさに衝撃を受けました」

▼セブンの独自商品 「コンビニが分かりやすくなった」 2011年、セブン―イレブン・ジャパンのPB商品「セブンプレミアム」や弁当・おにぎりなど約千品目に統一感あるロゴと包装を導入。いれたてコーヒー「セブンカフェ」、高級食パン「金の食パン」のデザインも手掛けた。
オオキ氏評「ノイズだらけのコンビニエンスストアがすごく分かりやすくなった。文字ひとつとっても豆腐には豆腐らしいフォントが使われ、金の食パンもいかにもおいしそう」
「昔は『街を豊かにしよう』となると、ど真ん中に美術館やスタジアムといった大きな施設を建てていた。それがコンビニという毎日行く店で、目に見えて世界が変わっていく。何となく気づいたら生活が良くなっている、というデザインの理想です」
◎オオキ氏の作品←可士和氏が論評

▼トッズのアーバン・トレッカー 「地味な工夫、その加減がいい」 トッズはイタリアの高級靴・バッグブランド。革靴のソールにラバー素材を使う同ブランドの特徴を生かし、街を快適に歩けるようトレッキングシューズの機能性を加えた。カジュアルにもフォーマルにも合わせやすい。2013年。
可士和氏評「これは個人的に買ってみたい。一見地味で分からないくらいの工夫だが、その加減がすごくいい。都会のトレッキングというコンセプトがあり、普通にスーツに合う。なおかつ、このニーズはすごく大きい。足を痛めながらも歩かなければいけない都心のビジネスマンはたくさんいます」

▼thin black lines 「アプローチ面白い」 全14点の家具シリーズ。2011年にロンドンで開いた「輪郭」がテーマの個展用にデザインした。イスは「空中に描かれたスケッチ」を意識し、背もたれから座面まで全てを細く黒いスチールで構成。
可士和氏評「これはやられた。僕がやりたかったことをやっています。僕はデザインの中でもグラフィックから入っているから、このビジュアル的なアプローチが面白い。アイデアだけで失敗しそうな際どさなのに、素晴らしい完成度で実現している」

▼バード・アパートメント 「森が急にかわいく見えた」 自然体験活動の指導者養成施設のためにデザインした。片面には78軒の鳥小屋があり、反対側から人が入ってのぞき穴から鳥小屋を観察できる。多くの鳥と1人の人間が共に過ごす「集合住宅」。オオキ氏を含め5人がツリーハウスを競作、可士和氏もその1人。
可士和氏評「間抜けでふざけたマンガのようなたたずまい。人間も鳥の巣箱に入り、一発でコンセプトが分かります。この森が急にかわいく見え『ドリトル先生』の世界のように動物がしゃべり出しそう。登ってみるとけっこう揺れて怖いですけどね(笑)」
[日経MJ2013年12月8日付]
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