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捕り過ぎず・汚さず…海に優しい養殖、日本が技術で先導

日本総合研究所理事 足達英一郎

9月、沿岸の未成魚も含むクロマグロの漁獲制限強化が決まった。日本近海を含む北太平洋海域で、従来から規制対象だった沖合の巻き網漁に加え、沿岸漁業でも産卵前の未成魚の漁獲を抑えるという内容だ。

塩害や薬品の大量投下が問題に

水産資源の枯渇は、海洋の環境問題のひとつでもある。これまで海洋の環境問題と言えば、水質汚染や海洋酸性化が連想されてきたが、水産物の捕り過ぎが生態系を破壊し、生物多様性を毀損させる懸念ももはや看過できない。

国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界の海面漁獲量は1950年には約1700万トンであったのが、60年後の2010年にはほぼ4倍に増えた。これは、世界人口の約25億人(50年)から約70億人(10年)という増加テンポを大きく上回っている。

水産資源の枯渇に対し、有力な解決策と位置付けられるのが「養殖」だ。10年の世界の養殖業生産量は6000万トン(藻類と非食用向け生産物を除く)と海面漁獲量に肩を並べる規模にまで拡大した。世界の食用向け魚類生産への養殖業の寄与は1980年に9%に過ぎなかったのが、10年には47%になっている。

冒頭のクロマグロでは、人工ふ化させた稚魚から育てる「完全養殖」にも目途が立ってきた。その先頭を走るのが日本で、14年の流通量は今年の2倍以上に増える見通しだと伝えられている。

しかし、養殖が別の環境負荷を生じさせる副作用も無視できない。過去の代表例はエビだ。1980年代からアジアで広がったエビの非粗放養殖では、養殖池を造るために広大なマングローブ林が失われた。内陸部では養殖池周辺の塩害も多発した。また、高密度養殖のために、生魚を犠牲にした人工飼料が量産されるとともに、抗生物質やその他の薬品も大量に投下された。これらは新たな環境問題を引き起こすことになった。

ただ、最近では状況がかなり改善している兆しもある。先月、タイのタイ・ユニオン・フローズングループの展開する養殖エビ事業を視察する機会があった。この稚エビ生産と養殖の事業会社には三菱商事も資本参加している。

副作用を最小化する研究が必要

タイでは政府規制で新たなエビ養殖池の造成は非常に困難になっており、同グループは地域の養殖事業者とアライアンスを組み、養殖規模を拡大させているという。また、飼料生産、稚エビ生産、養殖を垂直統合し、トレーサビリティ確保の高度な要求にも応えられるとのことだった。抗生物質の使用も回避されているとの説明を受けた。稚エビ生産では、1匹の親エビから、1回の抱卵で10万匹の稚エビを出荷できる生産性に驚かされた。

養殖、とりわけ高密度養殖に立ちはだかる壁としては、病気の発生が残されている。09年頃から、東南アジアのブラックタイガーやバナエイの養殖地で発生しているエビの早期死亡症候群は、今年、深刻な影響を及ぼしている。

タイでは今年の年間生産量が半減するとの見通しもあり、日本では輸入冷凍エビの価格が高騰し、外食チェーンからメニューが消えるなどしている。FAOによれば、米国の研究者によって、原因は腸炎ビブリオの一種のバクテリアであることが判明しており、エビへのストレスを避けることが予防の鍵だという。

それでも養殖を断念するという選択肢は、我々にはないように見える。海洋の環境問題を放置することは出来ず、「持続可能な」漁業を目指すしかないだろう。その意味で養殖技術は、環境保全技術であり、副作用を最小化していく研究こそが求められている。この分野での日本の貢献は、成長戦略の新たな材料にもなろう。

[日経産業新聞2013年11月7日付]

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