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中部は意外な水大国 発電の岐阜、水道安い名古屋

険しい山岳を背負い、豊富な水量の河川を抱える中部地域。時に洪水に脅かされることはあっても、農業や製造業は水から多くの恩恵を受けてきた。ただ、その利点を生かしきってはいない。水の潜在力を活(い)かそうとする試みが中部各地で始まっている。

中部電は183カ所で水力発電

愛知県東部の山間部を流れる寒狭川。新城市にある中部電力の長篠えん堤(ダム)は爽やかな水音を響かせている。このダムの下流に古めかしい木造建屋の水力発電所がある。最大出力は750キロワットと大きくはないが、今年でちょうど100年を迎えた現役の発電所だ。長い間、周辺の人々の生活を支えてきた。

長い歴史を誇る中部電力の長篠えん堤(愛知県新城市)

多くの河川を抱える中部は水力発電大国だ。中部電の水力発電所の数は183カ所と、210カ所の東北電力に次ぐ。

原発事故を機に国は再生可能エネルギーの導入拡大に乗り出している。大型公共事業への批判に伴い、愛知県内でも設楽ダムの建設が凍結されるなどの動きはあるが、出力が安定している水力発電を見直す声も多い。中部電は建設中の徳山水力発電所(岐阜県揖斐川町)のほか、今後10年間で7カ所を開発する計画だ。担当者は「開発余地はある。新規開発に積極的に取り組む」と意気込んでいる。

水力の恩恵を大きく受けてきた企業の一つがイビデンだ。徳山ダムの下流には揖斐川などの水を利用する、同社自前の3つの水力発電所が集積する。東横山、広瀬、川上の3発電所は創業間もない1921年から35年にかけて完成し、今も現役。総延長42キロメートルにおよぶ自前の送電線を通って下流の大垣市などにある同社の5工場に電力を供給している。

出力は計2万6600キロワット。イビデンの年間使用量のおよそ3分の1を支える。自前の発電施設として保守コストはかかるものの、歴史が古いため送電線などの設備の大半は償却済み。電力を購入するより経済的なのが利点だ。同社は自前の火力発電所も持ち、水力と併せて3分の2を自社の発電所で賄う。

ここ数年は老朽化した水路の改修や発電機の更新など発電能力の増強工事に注力し、この10年ほどの累計で100億円規模を投じた。今年5月には広瀬発電所の全2基の発電機を最新型に切り替え、出力を8000キロワットから8900キロワットに高めた。

毛織物産業の発展支える

イビデンの竹中裕紀社長は「先輩たちが築き残してくれた貴重な財産を整備し続け、次の100年も見据えて大切に使い続けたい」と話す。

中部の製造業の歴史に水は大きな役割を果たしてきた。愛知県一宮市を中心とした尾州地域が毛織物の一大産地に育ったのは、染色工程などで欠かせない水が豊富だったことが大きな要因。毛織物産業は戦後いち早く復興を果たし、高度成長期にかけて隆盛を誇った中部経済の立役者。水が豊富だったからこそ、こうした工業が発展し「ものづくり中部」の一助となった。

水質面でも貢献してきた。森村グループの源流の森村組が1904年に日本陶器合名会社(現ノリタケカンパニーリミテド)をノリタケの本社工場の地、現在の名古屋市西区則武新町に設立したのは「良好な水質」もあった。食器の原料となる粘土を作る際、同地の鉄分の少ない水が高品質につながるためだ。

中部の産業を育ててきた水の力。豊富な水資源を抱える中部地域が、そのパワーを100%活用するのはこれからだ。

<水力発電の可能量、岐阜県が1位>
 中部地方の豊富な水資源を代表する木曽三川(木曽川、揖斐川、長良川)で1年間に流れる水の量は、163億立方メートルと国土交通省は推計する。1時間当たり25メートルプールで4700杯に近い水量が伊勢湾に注ぎ込む計算だ。
 国の調べでは、水力発電の可能量を示す「包蔵水力」は岐阜県が1万3539ギガワット時で全国1位。水利権の調整や国立・国定公園内は容易に開発できないという難題を考慮しても、開発余地は少なくないとされる。

水道の広域展開、名古屋市が挑む

名古屋市千種区の住宅街で、市の上下水道局が40億円を投じるプロジェクトが進んでいる。あと1年で新装となる「鍋屋上野浄水場」が備えるのは「緩速ろ過」式の浄水機構。ほとんどの浄水場が採用する「急速ろ過」式と比べ、ろ過に30倍も長く時間がかかり、面積も30倍必要だ。

改修工事が進む鍋屋上野浄水場の緩速ろ過池(名古屋市千種区)

非効率に見えるハードにあえて巨費を投じるのは、「長い目でみれば、ローテクが低コストにつながる」(山之下安治施設部主幹)ため。薬品や電気をほとんど使わず、バクテリアの力を利用する緩速ろ過は、名古屋市がこれまでも使ってきた「お家芸」だ。

同市の水道料金は全国の政令指定都市で最も安いという。緩速ろ過をはじめとする低コストのインフラを携え、2年前には一般用の水道料金で値下げも実施した。

名古屋市の上水道の歴史は、1914年までさかのぼる。節目の100年を前に、市は野心的ともいえる広域展開に乗り出した。今年4月、近隣の清須市、あま市、大治町から水道料金の徴収事務の一部を受託。主体となるのは名古屋市が設立した企業、名古屋上下水道総合サービス(NAWS)だ。

「第三セクターに対する市民の目は厳しく、こちらも余裕はない。愛知だ、三重だと県境にとらわれてはいられない」とNAWSの英比勝正社長。周辺地域の業務代行に照準を定める。

重要なライフラインの水道事業を外部に任せる市町村は少数派。それでも名古屋市は積み重ねた実績を売りに、三重県東員町から水道の中期計画策定などの業務を受託できた。同町の担当者は設備の老朽化や地震対策などの課題に対し「町には専門的な技術職員がいない。名古屋市のアドバイスが必要」という。

下水再生水を冷暖房に活用

さらに下水道の有効利用策も導入する。同市が再開発を進める中村区の「ささしまライブ24地区」では、2017年秋から下水再生水を冷暖房に活用する計画が進行している。1カ所のプラントで冷温水や蒸気を集中的に作る地域冷暖房システムで、下水再生水の熱を利用する仕組み。

地中を通る下水再生水は水温が安定し、夏場は25度と外気温よりも冷たく、冬場は15度と暖かい。これを冷暖房設備で補助的に使えば、年間で一般家庭500世帯分のエネルギー消費を節約できる計算だ。「中部地方では初めての試みになる」と、実際に地域冷暖房を手掛ける名古屋都市エネルギー(名古屋市)の陸浦良一常務は話す。

8月28日、名古屋市公館に木曽川、長良川、揖斐川の流域に広がる愛知、岐阜、長野県の自治体の首長が集結し「流域自治体シンポジウム」を催した。参加した名古屋市の河村たかし市長は会合後、「水も産業もあるとなれば『独立するか』ということになる」と気炎を上げた。

河村市長が提唱する「尾張名古屋共和国」は、名古屋市を中心に広域連携で400万人規模の都市圏形成が目標。安い水道料金は住民をつなぎ留め名古屋市の経済を発展させる支えだ。さらには同市と周辺自治体の結束を強める材料となる。一大経済圏を目指す名古屋市の「水戦略」に周辺も関心を寄せ始めている。

<「慣行水利権」高い優先順位>
 河川から水を取る権利は「許可水利権」と呼ばれ、国が管理する1級河川の場合は利用を希望する自治体、企業などが国土交通省と協議、申請して事前に量を取り決めてから水を取る。
 最優先される「慣行水利権」は自治体などが持っている。名古屋市も慣行水利権を持っており、約100年間で渇水による断水はゼロ。豊かな水量を確保していることで渇水などに備えた施設が最小限で済み、安い水道料金の要因となっている。1カ月に10立方メートルを使用した場合、名古屋市は665円で東京都(970円)より約300円安いという。

スリランカに的、官民で水ビジネス

スリランカで上水道を売り込め――。豊田通商などが同国の上水道整備プロジェクト受注を目指している。成功すれば成長が予測されている「水ビジネス」市場に大きく食い込むことになる。

同社を後押しするのは「水のいのちとものづくり中部フォーラム」。中部経済界の水ビジネス進出を支援する産学官連携の組織だ。スリランカのプロジェクトは、名古屋市上下水道局の参画を得て進めている。詳細な事業化計画を経て、4月に提案書をスリランカ当局に提出。現地の事情に合わせた工法に見直した提案書を9月にも再提出する。

売り込みの武器は「低コスト」。薬剤不要で運営の手間が少ない名古屋市の浄水方式「緩速ろ過」を使う計画で、広い土地を確保しやすい途上国に向いているという。豊田通商は中国で水処理会社に出資するなど水関連事業に力を入れている。こうしたノウハウを元に中部の「水技術」をアピールする。

水ビジネスの世界で急速に存在感を高めたシンガポール。毎年7月、水ビジネス関連でアジア最大の展示会「国際水週間」が開催されている。今年は中部フォーラムが確保したブースに、土木工事などを手掛ける安部日鋼工業(岐阜市)などが出展した。

安部日鋼工業が過去にエジプト・カイロで技術協力したPCタンク

安部日鋼は上水の配水池などに使うPC(プレストレストコンクリート)タンクのパイオニア。国内で多くの施工実績を持つ。この確立された技術で海外での受注獲得を狙っている。

PCタンクはコンクリートに鋼材を組み合わせることで鉄筋コンクリート製に比べ数倍の強度がある。東日本大震災でも被災地のPCタンクはほとんどが損傷を免れ、地震に強いことが改めて証明された。1950年代に同社は自社の独自技術で参入し、国内に設置されたPCタンク8千個強の約6割に同社が関与しているという。

海外事業は初めてではない。80年代には技術協力という形でカイロ市などでのPCタンクの施工に関わった経験はある。しかし、国内の公共事業が減少するなか、今後は本格的に海外事業を育成する構えだ。

天然水宅配にも参入

興和は国内の水ビジネスに参入した。今年6月、天然水の宅配販売事業を手掛ける富士山の銘水(山梨県富士吉田市)に出資。7月からウオーターサーバーとミネラルウオーターの販売を始めた。ボトルではなく、パック詰めで容量は約7リットルと軽く、扱いやすいのが特徴だ。

子会社の丸栄で催事に出展するなど、人目につく商業施設での販促や、インターネットを通じて消費者にアピールを始めた。この分野では後発ながら「順調な立ち上がり」(ライフサイエンス事業部)という。

同社は消費者の安心安全志向の高まりを受け、宅配水市場の成長が期待できるとみて健康関連の事業を拡大している。2016年度に60億円の売上高を目指しており、国内が軌道に乗ればアジアなど海外への進出も検討する。「ものづくり」をリードしてきた中部経済界。水ビジネスで存在感を示すのも難しいことではないはずだ。

<世界の水ビジネス市場、25年には87兆円>
 経済産業省が2010年にまとめた報告書では、世界の水ビジネス市場は25年に07年比2.4倍の約87兆円に成長すると予測する。人口増や経済発展に伴い水処理需要が伸びそうな地域が多い。南アジアや中東・北アフリカで年率10%台の成長率が見込まれ、国別では中国やサウジアラビア、インドが市場規模と成長率の両面で注目を集める。
 中部で供給されている水は国内で評価が高く、将来の水ビジネスにも好影響を与えそう。ミツカン水の文化センター(東京・中央)の今年7月の調査によると、中京圏の住民の水道水に対する評価は10点満点中7.28点で東京圏・大阪圏を3年連続で上回った。

名古屋支社の堀直樹、市原朋大、岩野孝祐、木村慧、石井良一、小園雅之が担当しました。

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