漱石が晩年過ごした「山房」復元へ 新宿区、17年完成目指す

2012/2/28付
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訂正> 28日付地域ニュース「漱石が晩年過ごした『山房』復元へ」の記事中、山房に正岡子規が出入りしていたとあったのは誤りでした。(2012/2/28 15:39)

東京都新宿区は夏目漱石が晩年を過ごした住まい「漱石山房」の復元に乗り出す。早稲田南町の跡地に当時の邸宅を再現。漱石関連の資料などを公開し、観光客や研究者の来訪を促す。設計図が残っていないため、当時の文献などから推測する。漱石生誕150年に当たる2017年2月の完成を目指す。

現在は邸宅跡地の一部は公園として整備されている(東京都新宿区)

漱石は生涯の多くの時間を現在の新宿区内で暮らしている。漱石山房では晩年の9年を過ごし、「こゝろ」「三四郎」などを執筆した。その後、同山房は1945年の東京大空襲で消失。現在は区の「漱石公園」と区立住宅がある。公園には漱石の胸像や「吾輩は猫である」にちなんだ猫塚と呼ばれる石塔があり、同山房の回廊部分が再現されている。

重要な史跡である同地をより多くの区民や観光客らに知ってもらおうと、区は08年に山房の本格的な復元に向けた調査を開始。このほど跡地の一部に建つ区立住宅の移転のめどがたったため、12年度に区、学識経験者、親族などをメンバーとする復元のための検討委員会を設置する。

復元への課題は当時の設計図が残っていないことだ。建物は約200平方メートルの和洋折衷の平屋建て、敷地面積は1100平方メートル程度とされ、新宿歴史博物館には遺族の話をもとに再現された模型があるが、詳細はわかっていない。

山房には高浜虚子や芥川龍之介らが多く出入りしていた。例えば芥川は漱石の書斎の様子を「漱石山房の秋/冬」と題して書き残している。区は研究者らの協力のもと、交友のあった文学者の著作などから詳細な記述を抜き出し、データベース化する作業を始めた。

53の文献に約1700の記述があることがわかっている。書斎1つとっても、8畳としている資料と10畳とする資料があり、写真などと照らし合わせて推測する。

漱石所蔵の書籍は東北大などに、使っていた文具は神奈川近代文学館などに保存されている。復元した山房内にはこれらの書籍や文具やそのレプリカなどを展示したい考え。同区は「観光資源としてだけでなく、漱石の研究者らが資料を収集できるような施設にしたい」としている。

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