宇宙実験、日本の果実は? 米シャトル年内退役へ
医学データ蓄積、新材料生まれず

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2010/4/25付
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スペースシャトルが年内に退役し、約30年の歴史に幕を閉じる。20日にシャトル「ディスカバリー」で国際宇宙ステーション(ISS)から地球に戻った宇宙飛行士の山崎直子さんは日本人最後の搭乗者となった。これまでにシャトルに乗った日本人は7人。日本はシャトル飛行やISS建設に7600億円を投じてきた。有人飛行に携わる技術者らは250人にのぼる。果実は得られたのだろうか。

山崎さんが宇宙に滞在していた約2週間、管制センターがある米航空宇宙局(NASA)のジョンソン宇宙センター(テキサス州)は閑散としていた。目立つのは日本メディアばかり。毎日開く記者説明会は米国の参加者がゼロの日もあった。

飛行機感覚で頻繁に宇宙に出掛け戻ってこられる――。スペースシャトルは「夢の乗り物」として華々しく登場した。しかし宇宙が身近な存在になるにつれて、シャトルや高度400キロメートルの低軌道を回るISSは米国人にとって「フロンティア」ではなくなり、興奮も薄れていった。

メダカ産卵成功

シャトルの役割でまず期待されたのは、宇宙の無重量空間を「実験室」として使い、バイオテクノロジーや材料開発の研究を加速することだ。しかし目に見えた成果がないことも、人々の関心の低下を招いた。

日本人最初の搭乗者、毛利衛さんや女性で初めてとなった向井千秋さんも搭乗科学技術者(ペイロードスペシャリスト)の肩書で様々な科学実験に取り組んだ。毛利さんはニシキゴイを持ち込み、その挙動から宇宙酔いの仕組みを調べようとした。重力で結晶成長がいびつにならない利点を生かし、優れた材料を開発する研究にも挑戦した。

向井さんは金魚やメダカ、イモリなどを宇宙で飼育し、交尾や産卵、ふ化に成功した。遠い将来、宇宙で動物や人間が出産することになれば、こうした実験のデータが役立つ可能性がある。医師の立場から、地上の100倍近い強度がある宇宙の放射線が飛行士の健康に及ぼす影響を調べるためのデータもとった。

3人目の若田光一さんは搭乗運用技術者(ミッションスペシャリスト)としてシャトルの機器操作などが主任務。2度目、3度目の搭乗でも科学研究よりも、日米欧など15カ国が進めるISS建設の「力仕事」を担った。

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