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入社18年、定年までも18年で決断 盛田隆二さん

9月連載

――盛田さんが作家になろうと思ったきっかけは。

16歳の時、初めて書いた小説が「高2時代」という雑誌で1等賞になり、10万円の賞金をもらいました。それからずっと、いつか一冊の本を書くぞという気持ちを持ち続けてきたように思います。大学時代に「文学界」や「すばる」にも投稿して、4年生の時にはある文芸誌の最終選考までいきました。あと1年間、留年して頑張ろうかと思ったのですが、たまたま大学の近くに本社のあった「ぴあ」の就職試験を受けたら通ってしまった。文芸誌の編集者に相談したら、「面白そうだから行けばいいじゃない。君には社会経験も必要だよ。新しい小説が書けたら読んであげるから」と言われ、背中を押されました。

――サラリーマン生活はいかがでしたか。

入ってみたら、とにかく忙しくて……。「ぴあ」は月刊から隔週刊に変わったころで、勢いがありました。ぼくは企画担当で、保存性のある役に立つページを作るように言われて、新宿、渋谷といったエリアごとの「ぴあMAP」の連載を始めたんです。首都圏を152のエリアに分けて、毎日ずっとエリアを歩いて画廊がオープンするといった情報を片っ端から調べていく。2年間かけて全エリアを終わらせ、1982年に「ぴあMAP」を出したら、25万部売れた。それで勢いづいて次は「グルメMAP」を始めたり、とにかく忙しくて、小説どころでなかった。

――そして、時間が過ぎていった……。

26歳で結婚して、28歳で子供ができて、同じ年にムックの編集長になって、気づいたんですよ。そうだ、おれは小説を書きたかったんだ、と。文芸誌の編集者が「書いたら読んであげる」と言ってくれていたのに、なにをしていたんだろう、と。サラリーマンとして身を粉にして作った「ぴあMAP」が売れて、よけいに、自分の本を書きたいと思うようになりました。それで書き上げた小説が「早稲田文学」の新人賞で、活字になったんです。

35歳で書いた長編の「ストリート・チルドレン」が本になった時はうれしかった。本ができた日には表紙をなでながら、ベッドに入っても眠れなくて(笑)。ところが、そんな気持ちは1週間も続かなかった。編集者から「早く次のを書かないと、忘れられちゃうよ」と言われましてね。なんだ、「ぴあ」に加えて、もうひとつ締め切りが増えただけではないか、と。夢を実現させるのは大変ですけど、夢が単なる日常となった時に、モチベーションを維持していくことはもっと大変でした。毎日残業が終わっても、家で睡魔と闘いながら小説を書いて、週に10枚書くと1年で500枚書けますから、そうやって4冊本を出したころには体を悪くする寸前でした。

――そして、転機がきたわけですね。

42歳のとき、考えたんです。「ぴあ」で18年間働いてきて、「あと18年働いたら定年退職だなあ」と。ちょうどサラリーマン人生の真ん中にいるって。当時、出版販売部の部長だったんですけども、後半の18年をそういうラインでやっていくかどうか……。小説で食っていける自信はなかったし、子供が中学2年でこれからお金がかかるころだったのですが、平日の昼間に悠然と書きたいという誘惑に抗しきれませんでした。退職後、2年かかって書いたのが「夜の果てまで」で、幸い文庫になってから30万部売れました。

――専業作家になって、それまでと変わったことはありますか。

長編小説を6つ、7つ書いた48歳くらいの時に、「ああ、会社を辞めてしまってどうしよう」と本当に困ったことがあります。書きたいと思っていたことを全部書き尽くしてしまったのです。ところが、女性誌で連載小説の仕事をいただいて専業主婦などに取材して、「おいしい水」という本にもなった。すぐに重版がかかって、若い主婦から「結婚ってこんなにつらく書かれたらいやになるけど、でも、これが現実よ」とか、私たちに対する応援歌ですね、なんて反響がありました。この反響から得るものが大きかったですね。それまで言ってみれば、耳栓をつけるような感じで、サラリーマンである現実から耳を閉じて、外部を遮断して書いていた。会社を辞めてからも同じように続けていたんですね。そのことに気づいたんです。次は銀行員でいきましょうと編集者に言われて、銀行員のことも一生懸命に取材しました。街とか、若者とか、サブカルチャーの取材は以前からしていたのですが、対象がメインカルチャーまでいった。書くことがなくなったというのは錯覚で、ああ、あるじゃないかって、その時ようやく思えるようになりました。サラリーマン時代の自分から脱皮して、急に世界が広くなりましたね。

 ▼もりた・りゅうじ 1954年東京都生まれ。78年明治大学卒業、ぴあに入社。情報誌「ぴあ」編集の傍ら小説を執筆。「ストリート・チルドレン」(野間文芸新人賞候補)、「サウダージ」(三島由紀夫賞候補)で注目される。96年ぴあを退社。2004年に刊行された「夜の果てまで」が30万部を超すベストセラーに。07~09年度、早稲田大学客員教授。近著に「幸福日和」「ありふれた魔法」など。最新刊は3年がかり、1000枚の長編小説「二人静(ふたりしずか)」(光文社)。

盛田隆二さんの小説は9月2日から公開します。

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