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一手千両を実践した、米屋播九郎氏

鍋島高明・市場経済研究所代表

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享保年間(1716~1736)、大阪堂島にはコメ仲買人が1352人もいた。当時、仲買人といえば相場師と同義語であった。そのおびただしい数の相場師の中で米屋播九郎は屈指の腕前を誇った。

容貌魁偉(かいい)、身長5尺6寸。「この播九郎が堂島の米市場に現れたとき、これは大物が来たぞ、と仲買人仲間をふるえ上がらせたそうだ。しかし、毎日毎日姿を現す播九郎は、一向に相場に手を出さなかった」(来多武六著「豪商蓄...

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