バブル崩壊に散る、財界期待の星 平沼延治郎氏
鍋島高明・市場経済研究所代表

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2011/7/23付
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日本経済新聞 電子版
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明治40年1月、日露戦勝バブル景気がはじける。当時の株価指標であった東株は780円をピークに暴落、3月末には348円と半値以下に落ち込む。横浜財界の明日を担う人と期待された平沼延治郎・横浜株式米穀取引所理事長は花にそむいて横浜を去り、やがて死が報じられた。中外商業新報(現日本経済新聞)は平沼の死を次のように悼んだ。

「天外飛報あり。横浜の平沼延治郎氏、身を耶馬の渓流に投じ、遂に逝くと。余輩は一た…

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