「災害は買い」か 台風前夜の米国市場
「災害(disaster)は買い」。著名投資家、ジム・ロジャーズ氏が、よく口にする言葉だ。
日本びいきの同氏は、東日本大震災の当日、日本を応援する気持ちで、シンガポールの日本料理店に家族を連れていった。ガラガラの店内で、プロのファンド・マネジャーとしての本能は「急落する日本株は今が買い」と感じ、即実行に移したという。

今、世界の市場に迫る「災害」は米国債務引き上げ交渉の行方だ。既に、カウントダウンが始まったニューヨーク市場。あすまでに債務引き上げ交渉がまとまらなければ、米財務省は300億ドル(約3兆円)のキャッシュで当座の台所を賄わねばならない。そうなれば、デフォルト(債務不履行)は時間の問題だ。
17日のDデイ前日になって、格付け会社フィッチは米国債見通しをネガティブ(格下げ方向)で見直すと発表した。米国10年債の利回りも2.6%台から2.7%台にまで上昇。短期物を中心に米国国債は売られている。しかし、それでも、一時3%に急接近したことを思えば、金利急騰とはいえない状況だ。
米国の借金返済能力に皆が疑念を抱いているが、かといって米国債を売って、何を買えばよいのか。既に現金保有比率は高水準に達している。米国債市場の市場規模は突出しており、債務不履行不安にもかかわらず、マネーは米国債に「相対的安心感」を感じている。「安全性への逃避」ではなく「流動性への逃避」だ。
デフォルトといっても、最も現実的なシナリオはテクニカル・デフォルト。元本のカットではなく、利払いの一時停止という事態であろう。「米国経済システムの破綻」というテール・リスクは長期的に見ればないとはいい切れないが、年内にあるか、といえば、まずそこまでの進行は考えられない。
そこで、短期の投機筋は、まず、デフォルト懸念に乗った株やドルの空売りを17日以前に買い戻しに動く。これは、既に、進行中だ。身辺整理したうえで、17日当日を迎える構えだ。そのうえで、土壇場の合意で、先送りされれば、再び、株・ドルの新規買いポジション増加が顕在化するだろう。
逆に、テクニカル・デフォルトに陥り、株価・ドルが急落すれば、ヘッジファンドなどは、それこそ「災害は買い」に動くと予想する。
ジム・ロジャーズ氏も「刷りつづけられる米ドルを長期で保有する気などサラサラないが、短期的なドル買いポジションは市況次第で持つこともある」と語る。
市場の動きを読むには、まず、短期投機マネーとリアルマネー(年金基金など)の動きを弁別することが極めて重要だ。流動性の観点から米国債を売るに売れないリアルマネーの現状を読み、投機筋は動く。
しかし、長期的には、米国経済の信用性が徐々に損なわれてゆくだろう。米国債から他の資産へゆるやかな分散が進行する。
機関投資家は「サラリーマン・ディーラー」ゆえ、「よそさん」が米国債(そして日本国債)保有を続ける限り、自ら先陣を切って大量売却に走ることは考えられぬ。しかし、ポートフォリオのリスク管理が厳格化するなかで、米国債のリスク・ウエートは徐々に高まっている。 国債リスクが臨界点を迎える時点で、たまたま「担当」として在籍するサラリーマン機関投資家は、「椅子取りゲーム」に最後に残った「不運」な社員として社内の同情を買うのだろう。

豊島逸夫事務所(2011年10月3日設立)代表。11年9月末までワールド ゴールド カウンシル(WGC)日本代表を務めた。
1948年東京生まれ。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験をもとに金の第一人者として素人にも分かりやすく、独立系の立場からポジショントーク無しで、金市場に限らず国際金融、マクロ経済動向についても説く。
ブログは「豊島逸夫の手帖」http://www.mmc.co.jp/gold/market/toshima_t/index.html
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