意外に多い繰り上げ償還 投信に潜むリスク
はじめての投資信託 実践編(7)
「カンさんはどうして無料セミナーを開催しないのですか。たくさん参加者を集めた方が、コンサルティングに来てくれるお客さんも増えるじゃないですか」

なるほど、カネダくん。それも一理ありますね。しかし、私たちが携わっているのは「おカネの相談業」です。最終目標は、それぞれのお客様にふさわしい投資のやり方を見つけていただき、自身の力で継続していただくことです。自分のおカネについて学ぶこと(=セミナー参加)に投資できない方が、果たして山あり谷ありの資産運用を続けることができるでしょうか。
「なるほど、そういう考え方もありますね」
カネダくん。翻って、投資信託について学ぶ際に重要なことは、デメリットと注意点を徹底的に掘り下げることです。投資信託でいちばん気付きにくいリスクとは、ズバリ何だと思いますか?
「うーん、すぐには思いつきませんが……」
実は「繰り上げ償還」なのです。
「あっ、言葉は知っています。ファンドの運用が途中で終わってしまうことですね」
その通りです、カネダくん。一度、投資信託の「お申込みメモ」を注意深く見てみましょう。「お申込みメモ」で見つからない場合は、投資信託説明書(交付目論見書)をチェックしてみてください。こんな文言が載っているはずです。
「繰上償還 受益権の口数が10億口を下回った場合等には、委託会社はあらかじめ受益者に書面により通知する等の手続きを経て、ファンドを繰上償還させることがあります」
(ニッセイ/パトナム・世界代表株ファンド「お申込みメモ」より)。
http://www.nam.co.jp/fundinfo/npsdkf/memo.html
要するに、投資信託の口数や純資産額が少なくなり、ファンドの効率的な運用が困難になった場合、運用会社がファンドの運用を繰り上げて終了します、と言っているのです。せっかく投資信託を購入したのに、自分の意に反して運用が終わってしまえば、また別の投資信託を一から探す必要に迫られます。また、仮に含み損を抱えているときに繰り上げ償還をされてしまえば、そこで損失が確定してしまうことになります。つまり、ファンドを保有する側にとっては「いい迷惑」なのです(ただし、ファンド保有者の資産がゼロになってしまうわけではありません)。
モーニングスターのリポート「アナリストの視点」によると、国内投資信託で2008年に繰り上げ償還されたファンドは135本、09年は154本、10年147本、11年は121本という推移です。繰り上げ償還されるファンドは意外と多いのですね。
「カンさん。繰り上げ償還の憂き目に遭わないためには、何に注意すればいいのですか?」
カネダくん、いい質問です。まず、純資産額が小さすぎるファンドは避けた方が賢明です。このコラムで以前お話しましたが、純資産額は最低30億円程度あることが望ましいです。たとえば上記の「ニッセイ/パトナム・世界代表株ファンド」の運用リポートを見ると、このファンドは純資産額が12年8月末現在で4億500万円しかありません。
http://www.nam.co.jp/report/pdf/m120810.pdf
また、ファンドの受益権口数(総口数)もチェックする必要があります。
「カンさん、総口数って運用リポートには載っていませんが……」
失礼しました、カネダくん。総口数はファンドの運用報告書を見る必要がありますね。
http://www.nam.co.jp/report/pdf/y120810.pdf
運用報告書8ページの「親投資信託残高」という欄を見てみましょう。「ニッセイ/パトナム・世界代表株ファンド」のマザーファンド全体の口数は4月20日現在で6億400万口となっています(マザーファンドの詳細についてはおいおい触れていきます)。筆者が調べたところ、2年前の10年4月時点でもこのファンドの総口数は6億300万口程度しかありませんでした。
「じゃあ、ずっと10億口以下じゃないですか」
その通りです、カネダくん。仮に基準価格が1万円あったとしても、6億400万口の総口数では純資産額は6億400万円程度しかありません。実際、12年8月末現在でこのファンドの基準価格は6457円でした。カネダくん、ビジネス的に見て、このファンドを運用する会社はもうかっていると思いますか?
「いや、たぶん赤字を垂れ流していると思います」
その通りです。このファンドの運用管理費用1.4%がすべて運用会社に入ったとしても、年に567万円程度の収入にしかなりません。ただしカネダくん、ここは注意が必要なのですが、総口数が一定数以下になれば必ず繰り上げ償還されるというわけではありません。最終的な繰り上げ償還の決定は運用会社の裁量に委ねられているのです。
「そこが分かりにくいところですね」
その通りです。では次に、繰り上げ償還がどのような形で行われるかを見てみましょう。BNPパリバ・インベストメント・パートナーズが運用していた「フォルティス日本小型株オープン」というファンドがあります。このファンドは12年3月に繰り上げ償還されました。リリースを見てみましょう。
http://www.ando-sec.co.jp/attention/news/pdf/oshirase_20120112.pdf
繰り上げ償還のお知らせ(1月12日)から異議申立期間を経て、おおよそ2カ月で繰り上げ償還(3月12日)に至っています。もちろん、ファンド保有者はこの間、任意にファンドを解約することができました。万一、保有するファンドが繰り上げ償還することになってしまったら、新たに買うべき投資信託を決定した後、すみやかにファンドを解約することをお勧めします。カネダくん、日本の投資信託では、繰り上げ償還の可能性がある10億円未満のファンドが乱立している状況です。なぜだか分かりますか?
「えーっと、新しいファンドをつくることばかり考えて、既存ファンドの育成を怠っているからですか?」
その通りです。新発売のファンドを重視する業界側の姿勢を抜本的に変えない限り、新しいファンドの乱立→ファンド本数の増加→純資産額が小さいファンドが増える――という悪循環から逃れられません。もちろん、この悪い循環を断ち切るカギを握っているのは私たち消費者の側なのです。
