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見えざる株主コストが示す1万3000円への道

編集委員 田村正之

リーマン・ショック前の日経平均株価1万2000円が少しずつ近づいている。ではもう一歩先、1万3000円を目指すためには何が必要だろうか。カギとなるのは「見えざるコスト」と呼ばれる「株主資本コスト」だ。

まずグラフAを見て欲しい。2005年以降の各時点の予想自己資本利益率(ROE)と株価純資産倍率(PBR)の関係だ。奇妙に「逆くの字」になったこの分布図から、実は日経平均株価1万3000円への道のりが見えてくる。どういうことだろうか。

もちろん株価を決めるおおもとは業績実態だが、もう一つの要素は「期待」だ。

代表的な指標であるPBRは株価が1株純資産(BPS)の何倍まで買われるかを示すもの。PBR=株価÷BPSなので、変形すると、株価=BPS(実態)×PBR(期待)。つまりPBRが高くなれば株価は上がりやすい。

2011年から12年にかけPBRは1倍、つまり解散価値を割り込んだ時期が多かった。それがアベノミクスなどを背景としたムードの改善で、最近は1.2倍程度にまで回復してきた。

さっきの式をもう一度変形すればBPS=株価÷PBRだ。現在のBPSをごくおおざっぱに計算するため最近の日経平均株価、約1万1200円をPBR1.2倍で割ると約9300円となる。BPSが今のまま変わらないとして、例えば1万3000円を目指すには、PBRが約1.4倍に上昇することが必要だ。

ここで考えなければならないのが、株主のお金をいかに効率的につかって経営をしているかを示す指標であるROEだ。

実はPBRは、ROEの高さと重要なかかわりがある。そこで話は冒頭のグラフAに戻る。

グラフAでわかるように、ROEがおおむね8%弱より低いときは、PBRは1倍程度か、あるいは1倍を割り込む水準をうろうろすることが多い。一方でROEが8%を超えてくると、PBRは大きく上昇を始める。

どうしてそうなっているのか。

「PBR=ROE×株価収益率(PER)」という関係式が存在し、これからも説明できるが、ややこしいのでこの関係式は使わず、言葉で直感的に考えてみよう。

株主には、株式投資をする以上は配当と値上がり益をトータルで見て「これくらいの利益率は欲しい」と求める水準がある。いわゆる株主資本コストだ。

これに対して企業が実際に株主に提供している利益率がROEだ。つまり株主が求める利益率よりROEが高い企業なら、株主はBPSより高く買ってもいいと思うし、下回る企業なら、逆に売ろうとする。

売ろうとする場合は、解散価値であるPBR1倍が下支えにはなるので一本調子にPBRは下落しないものの、1倍近辺かときには1倍を下回る水準になるわけだ。

ややこしいのが、本来、株主資本コストは目に見えないこと。そもそもどれくらいかを、株主自身も明確に意識していないことも多い。だから「見えざるコスト」ともいわれる。

しかしグラフAのように過去のROEとPBRの関係を示すと、8%弱あたりが屈曲点になっている。

ここから考えると、「見えざる株主資本コスト」は、日本の株主全体で考えた場合、どうやら8%弱くらいらしいと推計できる。「見えざるコスト」がこれにより「見える化」されたともいえる。

もちろんそのときどきの状況しだいで、ROEが8%より低くてもPBRが1倍を大きく超えることもある。しかし基本的にはPBRが1倍を大きく超えてさらに上がっていくためには、ROEが8%を大きく上回ることが大事になるわけだ。

野村証券(1月下旬現在)によると東証1部ベースでみて足元の予想ROEは約7.7%。しかし円安などを背景にした業績回復で、13年度のROEは8%程度に、さらに14年度はROEは8.4%に上昇する見通し。為替によっては9%台もあり得るという。

日経平均1万3000円に必要なPBRはさきほどの計算では1.4倍だったが、グラフAで見ると、ROEが8~9%になればこのPBR水準はおかしくなくなる。増益基調が続けばBPS自体もさらに高まるので、「13年のどこかで株価1万3000円というのはあながち難しい水準ではない」(マネックス証券の広木隆チーフストラテジスト)。

つまり今からこの先にかけて、日本は株価が大きく上がっていけるかの屈曲点、ROE=8%を超えるかどうかの重要な位置にいる。

もちろんリスクもある。12年度も期初の予想ROEは8%に達していた。ところが景気のミニ後退や中国向け輸出の失速、大手電機の大赤字などで低下。途中から6%台の水準でうろうろしてしまった。

13年度も、中国との関係悪化や、中東問題などに端を発するかもしれない原油高リスク、欧州の選挙情勢、円高の巻き戻しなどリスクが残っていて、順調に1万2000円、1万3000円というコースをたどれる保証はない。

それでもやはり株主資本コストを大きく上回るROEを日本企業が目指し続けることは大切だ。

なぜなら、株価収益率など様々な株式指標が日米で収れんする一方、実はPBRに関しては日米で大きなかい離が残っている(グラフB)。

例えば05年以降の平均で米国のPBRが約2.4倍なのに対し、日本は約1.2倍だ。資産効率の悪さなど様々な要因があるが、米国のROEが15%程度を中心に推移したのに対し、日本は1ケタ台半ばのことが多かったことが、日本のPBRの低さの大きな要因だ。

つまりROEが株主の要求利回りを十分上回っていないために、PBRが高くなれないという理屈だ。逆にいえばROEが2ケタ台に乗るなら、グラフAから見て米国に近付く2倍近いPBRも期待できることになる。

ROEを高めるカギの一つは海外で稼ぐ力の拡大だ。日本企業はようやく海外への進出を加速しつつあり、現地法人の利益率は国内をかなり上回っている(経済産業省の海外事業活動基本調査)。低ROEの最大の要因である売上高利益率の低さをカバーするブランド戦略の再構築なども必要になる。

ROEは計算の分母となる自己資本が小さい方が計算上高まりやすい。しかし特に危機時には、安定経営のために自己資本比率を高く維持する経営が評価されがちだった。

局面は変わり始めた可能性がある。デフレ脱却や海外景気回復で投資採算は上がる方向に動くとみられ「借り入れを増やして積極投資し、自己資本比率を下げながら利益を増やす経営が、今後はROE改善に有効性を増していく」(広木氏)。

「見えざる株主コスト」を十分に上回るROEこそが、株価のさらなる大幅高への道だ。

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