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きっとジョブズも考えた 座禅を体験してみた

C世代記者 駆ける 第6回

米アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏は、日本人僧侶から禅を学び、日本食や京都などを好んだことで知られる。「ZEN」は世界に広がり、思想や座禅だけでなくライフスタイルにも影響を及ぼしている。海外から日本を訪れるC世代も座禅体験に興味津々だ。英語の座禅コースを実施している春光院(京都市)で、記者も体験してみた――。

昨年12月上旬。晴れた日の朝に、京都市内の妙心寺にある春光院を訪れた。春光院は妙心寺の北門から入って徒歩数分の場所にある。妙心寺はたくさんのお寺が集まっている小さな町のようになっている。記者は座禅が初めて。楽しみだ。

春光院は朝9時と10時40分の2回、外国人向けに英語で座禅体験コースを実施している。通訳を介さずに、僧侶自らが英語で実施する座禅は珍しい。今回は9時の回に参加した。記者のほかにオーストラリアから来た観光客が3人参加していた。19歳の女性と20歳の男性のカップルと、24歳の女性の2組だ。

座禅を指導する僧侶は、副住職の川上全龍氏(33)。春光院に生まれ、大学時代に米国に留学した。米国人の妻を持つこともあり、英語が堪能だ。「禅を通して日本文化や伝統へのアプローチの仕方も教えている」という。座禅は1日平均10~20人程度の参加があるという。

いざ控室を出て座禅する部屋に入ると、ずらっと並んだ座布団が目に入る。お尻を床に付けて直接座るのが苦手な人のために、椅子も用意されていた。

まずは座り方指導から。足をあぐらのように組み、右足を左ももの上、左足を右ももに重ねる。いわゆる「結跏趺坐(けっかふざ)」だが、なかなか難しい。初心者は片方の足だけ乗せるだけも良く、記者は片方だけにすることにした。川上氏はこの形を「Half lotus style」と説明していた。

背を伸ばして姿勢を正し、手は親指と人さし指で円を描くようにしてへそのあたりに置く。正しい姿勢を無理に作る必要はなく、「できる範囲で」と説明される。「型」をどれだけ守るかは寺や宗派によって異なるらしい。

「Please focus on breathing」。呼吸に集中するように言われる。目は半開き。僧侶が鐘を鳴らし、全員が座禅姿勢に入ると、室内は一気に静寂に包まれる。半開きの目から朝の光が入ってくる。自分の呼吸に意識を集める。

吸って、吐いて、吸って、吐いて。空気の流れをひとつひとつ丁寧にたどる。姿勢は思ったほどつらくなかったが、なかなか落ち着かない。おへその下あたりの「丹田」に軽く力を入れ、背筋を真っすぐに保つ。

 姿勢が安定すると今度はのどが気になり始めた。いがらっぽく、せきが出そうになる。なぜこんな時に、のどの調子がおかしくなるのか。つばを飲み込んで我慢する。のどが気になって、座禅体験にふさわしい高尚なことを考える余裕がない。これでいいのかと焦る。

集中できないので、薄目を開いて、記者の右側に座るオーストラリア人たちの様子を観察してみた。全員、静かに座禅を組んでいる。初めてのはずだが、誰も困っている様子はない。落ち着きがないのは自分だけだ。少し恥ずかしく思い、正面に向き直って座禅に集中した。

どのくらい時間が経ったか、窓の外から鳥の声がきこえてくる。座禅の姿勢にはいつのまにか慣れていた。川上氏が鐘を鳴らし、続いて拍子木をたたくような音がした。参加者は胸の前で手を合わせ、お辞儀する。

これで座禅の前半が終了。足を崩して良いと言われ、足を解く。

休んでいる間、川上氏は英語で禅の考え方や座禅について解説した。何度か登場した「How to live the moment」という言葉が心に残る。どうやって今を生きるか。どのように生活するか。宗教にかかわらず、どの人にも当てはまる話だった。

続いて後半。足を組み直して、再び座禅の姿勢をとる。前半と異なり、のどは気にならなかった。窓の外の景色が、先ほどよりくっきりと見える。草木の色、空に浮かぶ雲、木に止まる鳥。そして室内に流れ込む光がやわらかく畳を照らす様子。

余裕ができると、心の内側から雑念がわいてくる。一番考えてしまうのはやはり仕事のこと。それも今回の新年企画「C世代駆ける」についてだ。取材のスケジュールや紙面構成など、ひと通り考え終わると、家族や友人、前の晩の食事のこと……。思い浮かぶ事柄は尽きず、なかなか頭から追い出すことができない。

気がつくと、隣に座ったオーストラリア人男性の前に川上氏がいた。川上氏が男性の肩を木の棒でたたくと、パシッと音がした。おそらく「警策」と呼ばれる棒だろう。男性は動じずにじっとしている。「次は自分か」と身構えたが、こちらには来なかった。ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちになる。

もう一度、自分自身に集中する。何も頭に浮かばない。ぼんやり半目で前をみつめる。これが「無」だろうか。しかしそれもつかの間、「座禅の終わりはいつごろだろう」など先が気になり始める。ちらっと川上氏の方を見るが、一寸も動かず座禅を続けている。

 終了時間を頭から追い出し、今度は長期的な人生プランについて考えてみる。これまでの10年間と、これからの10年間について。自分が長期的にやりたいこと、やるべきことはなにかなど、普段よりも真面目に考える。「今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。ジョブズ氏がスピーチで語った言葉が頭に浮かぶ。ジョブズ氏も座禅をしながら人生について考えたのだろうか。

鐘が鳴った。終了だ。手を合わせて頭を下げる。

座禅が終わると、川上氏が春光院の中を案内してくれた。庭やふすま絵などを、参加者に英語で説明していく。控えの部屋で抹茶と菓子をいただいて、コースは一通り終了だ。

終了後はざっくばらんに会話しながら、質問も受け付ける。今回参加したオーストラリア人の観光客は、全員座禅が初めて。24歳の女性はインターネットで春光院を知った。「ただ座禅するだけではなく、僧侶がいろいろと説明してくれたのが良かった」と話す。19歳の男性は「呼吸が難しかった」と笑った。参加した外国人からは「どうしたら禅をもっと学べるのか」など僧侶への質問も相次いだ。

「座禅によって、悪いサイクルを断ち切ることができる」と川上氏は言う。生活の中で、安定した環境で内部に集中する時間を持つことが重要だと説く。例えば仕事の合間に走ったり水泳をしたり、オフィスの席で姿勢を良くして目を閉じたりするだけでも、「瞑想(めいそう)と同じ効果が得られる」そうだ。座禅は特殊な環境で行う宗教的な修行だと考えていた私には意外に感じられた。

座禅の途中でのどの痛みや鼻水が出ることも、よくある自然なことだという。頭を無にするのは難しいので、「無理をせず自然体でいい」と聞き、半分以上を雑念が占めた自分の座禅内容も失格ではなかったかと、ほっとした。

短時間でも立ち止まって自分を見つめ直す時間を持つことで、長期的な視点や判断力を養うことができるのではないか。初めて座禅を体験して、記者はそんな感想を持った。理屈ではなく、単純に心が落ち着き、心の中に余裕ができたとも感じた。寺院で頻繁に座禅するのは難しいが、自分にできる形で日常生活に取り入れてみようと思う。(村上史佳)

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