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きつねそば・たぬきうどん、なぜ大阪にはない?

 大きな油揚げがのったそばを食べるには、大阪では「たぬき」、関東では「きつね」と注文しないと通じない。この違いは割に知られているが、なぜそうなったかは謎。同じ関西でも大阪と京都の「たぬき」はまた違うらしい。きつねとたぬきはどこで化けたのか。

一般に関東では油揚げがのったそば・うどんを「きつね」、天かすのせを「たぬき」と呼ぶ。一方、大阪で「きつね」といえば油揚げのうどんだけを指し、「たぬき」は油揚げののったそばになる。きつねそば、たぬきうどんはあまり見かけない。

◇            ◇

まず、きつねの足跡を追ってみた。実はきつねうどんの発祥は大阪にあるとされる。船場にある1893年(明治26年)創業のうさみ亭マツバヤだ。

3代目店主の宇佐美芳宏さんによれば「最初は『こんこんうどん』と呼んでいたようですよ」。初代はすし屋で修業を積み、うどん屋で独立した。いなりずしをヒントに、かけうどんと皿にのせた油揚げを別々に出したのが始まりだったらしい。

そのうちお客さんが油揚げをうどんに直接のせて食べるようになり、商人の街・船場で大ヒット。いつの間にか「きつねうどん」と呼ばれ、全国に広がっていったとみられる。

次はたぬき。辻調理師専門学校(大阪市)の日本料理専任教授、杉浦孝王さんに聞いてみた。

「たぬきが生まれたのは江戸時代の終わり、関西より関東が先だったようだ」と杉浦さん。最初はイカのかき揚げをそばにのせていたようだが、「関東ではごま油で揚げるので衣が黒っぽくなる」。茶色がかった濃い色がたぬきを連想させ、名前の由来になったらしい。

ところが関東発のたぬきそばは、なぜか関西で広まらなかった。大阪城天守閣研究主幹の北川央さんも「江戸後期には関西でもそばが多く食べられていたのに」と首をひねる。そのうち「きつねがうどんなら、たぬきはそばのことだろう」との発想で、油揚げがのったそばを「たぬき」と呼ぶようになった、とする説が根強い。

関西で天かすが具の定番になったのは、大正時代とされる。当時の関西人は「捨ててもいいような天かすをいれるなんて、関東の人はハイカラやなあ」と皮肉をいったとか。その名残で天かす入りのそば・うどんを「ハイカラ」と呼ぶようになったらしい。

◇            ◇

調査はこれで終わらない。「京都ではあんかけのきつねうどんをたぬきと呼びますよ」と杉浦さんが教えてくれた。早速、京都市左京区にある「おかきた」に向かった。同地に1940年(昭和15年)から店を構える老舗の3代目店主、北村正樹さんに話を聞くと、きつねうどんも少し違うという。

京都のきつねは油揚げを2センチメートル幅で短冊切りにし、九条ねぎと一緒にうどんにのせる。細めんと絡まり、めんとだし、具材がバランス良く口に入る。「公家文化の影響で、上品な食べ方が求められた」と北村さん。舞妓(まいこ)さんも大きな油揚げにかぶりつかずに済む。

このきつねうどんに、ドロッとしたあんをかけたのが京都のたぬき。「きつねがドロンと化けてたぬきになった」(北村氏)というわけだ。底冷えする京都では、熱を逃がさないためにあんかけがよく使われる。辻調の杉浦氏は「あんかけは湯気が出ないがとても熱い。そこで、だます、化かすの意味でたぬきと言われたのでは」とみる。

たぬきときつねは消費者の好みや料理人の工夫に応じて姿を変えてきた。次はどんな新メニューに化けるのだろうか。

(大阪経済部 志賀優一)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年2月27日付]

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