2019年9月16日(月)

壊れては復活20回 木津川の流れ橋(未来への百景)
京都府南部

2014/5/13付
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流されては直し、また流されて直す。61年間で20回。京都府南部の木津川にかかる上津屋橋(こうづやばし)は壊れることを前提につくられた木製の「流れ橋」だ。2011年から3年連続で流出した。この間に通行できた期間は半分にすぎない。

通行可能になった上津屋橋。地元住民や観光客らが木製の橋上を行き交う

通行可能になった上津屋橋。地元住民や観光客らが木製の橋上を行き交う

「府道八幡城陽線、通行止めを解除します」。4月23日、京都府の山城北土木事務所の職員が宣言すると、渡り初めに集まった人々から拍手と「おめでとう」の声がわき起こった。昨年9月の台風18号で広い河原が橋板の2メートル上まで水につかった。この時の流出から7カ月ぶりの開通だ。

八幡市と久御山町の両岸から合わせて50人が散歩を楽しんだ。娘と孫娘を連れてきた70代の男性は30年間、橋の写真を撮りためてきた。「家族を撮るのと同じ気持ち。橋板が外れている間は橋が泣いているように見えた」と話す。

橋は対岸に向かって真っすぐに延びる木の一本道だ。所々が新しい木材で補強され、木のにおいがする。歩くと上下に小さく振動する。人を渡す機能を取り戻した橋が鼓動しているようでもある。

建設された1953年当時、資材調達が難しかったためコンクリート製ではなく、木製の流れ橋の構造が採用された。長さは356.5メートル。両岸の間に柄のないフォークのような橋脚が74基突き刺さり、その上に橋板75枚が1列に並ぶ。橋板は戸板のようなつくりで幅3.3メートル、長さは4.5~6.5メートルある。

水かさが増すと、載せられただけの橋板が水に浮いて流される。抵抗を減らして橋脚のダメージを抑える。橋板はワイヤで橋脚につながれていて、水が減れば回収して使う仕組みだ。今回の改修費は3600万円。国と京都府が負担した。3年連続の改修に「無駄遣い」との批判もある。

ただ、風情のある流れ橋の存続を望む声は強い。近くで「流橋焼(りゅうきょうやき)」の陶芸工房を構える松田一男さん(58)は「復旧する様子は橋が生き返っていくようだった」という。

かつては時代劇の撮影などによく使われ、俳優の藤田まことは「流れ橋」の石碑を建てた。八幡市の堀口文昭市長は「自然とほどよく付き合うという昔の人の知恵を再現した遺産」と強調する。

壊れることを前提につくる謙虚さがある限り、「想定外」の事態は起きない。この橋は流されることで自然の脅威を思い起こさせ、再生することで人々を勇気づける。

文 編集委員 木下修臣

写真  伊藤航

■取材手帳から 上津屋橋の過去20回の流出歴を見ると、1回目は完成から5カ月後の1953年8月だった。62年に復旧した4代目の橋は10年余り健在で最も長持ちした。逆に92~95年には4年連続で流出した。最近の異常気象を表すように昭和の36年間で9回流れたのに対し、平成は11回に上る。
61年間で20回という数字を比較できるものはないか。橋ができた53年は吉田茂首相の「バカヤロー解散」が起きた。この間の日本の首相交代を数えると29回あった。橋の近くにある観光拠点「四季彩館」(京都府八幡市)では流出歴の一覧とともに増水して流される橋の様子を映像で見られる。

■カメラマン余話 通行止め解除初日、開通前から地元の人が集った。橋の端に立つと対岸がとても小さく見える。木津川の水位が低く橋脚はむき出しだ。木製の橋板を踏むとごつごつと低い音が響く。橋には手すりが無く、アスレチックを進むようにスリリングだった。
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