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「清水の舞台」 柱の改修は400年計画

山林購入し、植林も

 初夏の京都を堪能しようと清水寺に赴くと舞台の下で作業姿の男性が額に汗している。尋ねると、明治期以来の本格修理「平成の大改修」の真っ最中だという。一体どんな計画が進んでいるのだろう。表からはうかがい知れない清水の舞台裏に迫った。
柱の根元には「根継ぎ」で修理した跡が残る(京都市東山区)

斜面にせり出した舞台の下に潜ると太い柱がずらり。直径80センチメートルほどで、大人でも抱えきれない太さだ。本堂に計168本ある。この柱が高さ約12メートルの舞台を支える。

現在の柱の寿命は400年後

「昔の修理の跡です」。工事を担当する京都府教育委員会文化財保護課の鶴岡典慶・副課長が指さす柱を見ると、礎石から30センチメートルほど上に境目があった。湿気を帯びた地面に近い部分が腐食しやすい。傷んだ根元を30~90センチメートル切り取り、他の木と差し替える「根継ぎ」を施した跡だ。

奈良時代に創建された清水寺は何度も焼失し、現在の舞台は1633年に再建された。手前側の柱は明治期に根継ぎ済みで、今回は最奥部の9本を修理する。「見た目だけでは分からないので、レントゲン撮影などで傷んだ柱を突き止めた」と鶴岡さん。

古社寺が集中する京都府では、国指定文化財建造物の保存修理は府が手掛ける。鶴岡さんはこの道30年のベテラン技術職員だ。「定期補修で何百年かは持ちますが、木材の耐用年数が来たら建て替えが必要。それを見据えた寺独自の取り組みも進んでいますよ」と教えてくれた。平成の大改修のさらに先があったのか。急いで社務所へ向かった。

「柱は樹齢300年以上のケヤキを使うが、必要な時に木材が手に入るか分からない。だから山買って、木を植えました」。清水寺法務・庶務部長の森孝忍さんは笑いながら事もなげに言う。ケヤキの耐用年数は800年だから、現在の柱の寿命は約400年後。スケールの大きさにあぜんとした。

ケヤキやヒノキなど6000本を植林

2000年に33年に1度の「ご本尊ご開帳」があった。その時、「せっかくの慶事に、何か後世に残せることを」と皆で考えついたのが植林だったという。というのも、その少し前に舞台の張り替えがあり、宮大工や山林業者から、国内の巨木が枯渇している実態を聞いていたからだ。

すぐに対策に動いた。京都市左京区花脊などに山林を購入し、ケヤキやヒノキを計6000本植えた。森さんは「私たちは清水寺1200年の歴史の一点。100年、200年先のことを常に考えとる」とサラリ。

400年がかりの植林をこの目で確かめたい。花脊の山を目指した。清水寺から車で1時間。植林を請け負う林業家の古原久弥さんの案内で山道をかき分けていくと、ネットで囲われた高さ4~5メートルの木々が現れた。

「ここに3000本植えた。木は初めの20年が肝心。やっとここまできた」。丁寧に枝を払い、間引きして成長を促す。ケヤキは真っすぐ育てるのが難しいこともあり、「3000本植えて使えるのは300本程度」。う~ん、ますます気が遠くなってくる。

清水寺が植林するケヤキにはシカの被害を防ぐため、テープを巻いている(京都市左京区)

国内に巨木はほとんど残っていない

さらに、この10年、鹿が繁殖して芽や皮をかじる被害が広がる。「一本一本保護テープで巻いたがずいぶん傷んでしまった」。だが、めげる様子はない。フェンスをこしらえ、追加で苗を植える予定だ。「国内に巨木はほとんど残っていない。舞台の再建が自分の手にかかっていると思うとプレッシャーだが、関われるのは誇り」。跡を継ぐ息子にも、今から大切さを説く。

再び清水寺へ戻ると、修学旅行生や外国人旅行客であふれていた。目を閉じて400年後を思う。きっと新しいケヤキが、参拝客でにぎわう舞台を変わらず支えているのだろう。国宝に関わる人々の考えのスケール感や、粘り強い精神力に圧倒された。

(大阪・文化担当 佐々木宇蘭)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年7月3日付]

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