2019年1月17日(木)

「隅田川」 醸す母の哀切
能の人間国宝、片山幽雪が挑む

2014/5/24付
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京都を拠点に活動する観世流能楽師の人間国宝、片山幽雪(83)が、人気演目「隅田川」を約15年ぶりに勤める。人買いにさらわれた我が子を探す母の悲哀を描いた作品。20代半ばで初演し、これまでに数十回演じてきたが、体力的な面から「今回が恐らく最後」と決意。若い頃に触れた名人の舞台の記憶も糧にしながら、「一生懸命勤める」と強い意気込みで臨む。

「隅田川」の稽古をする片山幽雪(京都市東山区)

「隅田川」の稽古をする片山幽雪(京都市東山区)

「隅田河原の 波風も声立て添へて……」。京都市東山区にある片山家能楽・京舞保存財団の稽古舞台に一人たたずむ幽雪。昨年12月からほぼ毎日、所作を交えながら、隅田川全編を通して謡う稽古に励む。両足首には各1キロの重りが入ったバンドを巻く時もある。年齢からくる足の衰えを自覚し、約1時間半の舞台に耐える筋力を作るためだ。

我が子を探し、東国に赴いた母親を主人公にした隅田川。江戸時代、この演目を下敷きにして、浄瑠璃や歌舞伎で「隅田川物」と呼ばれる作品群が生まれた。室町時代に能を大成した世阿弥の長男、元雅の作とされる。

我が子の行方を探し求める能の演目はほかにも「桜川」や「三井寺」などがある。だが、親子が巡り合う前に子供が亡くなるのは隅田川だけ。そこに、最大の難しさがある。

まず、母親が京都から武蔵国の隅田川の河岸まで来た場面。橋掛り(舞台後座から左奥へ延びる廊下)に登場し、最初の謡(うたい)「げにや人の親乃心ハ闇にあらねども……」が重い意味を持つ。「大層、子を案じていても、悲嘆しすぎる体(てい)になってはいけない」と幽雪。母はいまだ我が子の死を知らない。謡が暗くなりすぎると、後段で明らかになる悲劇の情緒が薄まってしまうからだ。

この後、母親は渡し舟の船頭から子供のむごい死を知らされ、対岸に設けられた塚に案内される。塚の前では我が子を供養する一周忌の回向(えこう)の真っ最中。居合わせた人たちに加わって母親も念仏を唱えると、子供の念仏の声が聞こえ、姿が幻のように現れる。子の姿は夜が明けるとともに消えうせた。

塚の前での謡は、再会の願いを断たれた虚脱感をいかに漂わせるかが鍵になる。母親が念仏を唱えながら鉦(かね)をたたく場面では、「子供の声が聞こえると打ち方を変える」(幽雪)。子に一目会いたいといういちずな思いが通じた驚きを、観客に伝える細かな配慮だ。

幽雪は若い頃に、師事した観世華雪や二世梅若実らの舞台を間近で見た。名人と呼ばれた2人を振り返り、「華雪先生は写実的ではない演じ方。一方、実先生はリアルな演技で悲しみを十二分に醸していた。高みの芸に触れ、励みになった」と話す。

最近、京都の若手能楽師に頼まれ、何度か隅田川の稽古を付けた。教えることが、自らの勉強になったという。一つの場面で徐々に気を込めて謡うのではなく、いきなり思いをあふれさせてしまうと物語がかえって平板になってしまう。若手に教えながら、そんな教訓を再確認した。

幽雪が母親を演じ、子供の梅若丸役には10歳になる孫の清愛(きよちか)を起用。笛、大鼓、小鼓や地謡(能における合唱団)の過半は同じ京都を拠点にする演者が出演する。自身の舞台を間近に見てもらうことで、若い世代に芸を伝えたいとの思いを込める。24日、京都市の京都観世会館で上演する。

(編集委員 小橋弘之)

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