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日本酒の銘柄「○○正宗」なぜ全国各地に?

商標の壁、昔も今も

 日本酒の銘や社名に「正宗」を使う蔵元は全国に多い。元祖は中堅酒造会社の桜正宗(神戸市)だ。正宗が全国へ広がった経緯を探っていくと、商標の管理という日本企業が今日直面する問題が浮かび上がってきた。

桜正宗は1717年創業の老舗。11代目当主の山邑太左衛門氏(49)の説明によると、当時、灘地域(神戸市、兵庫県西宮市)では酒銘を競っており、「助六」や「猿若」など歌舞伎役者に関する酒銘が多かった。同社も役者名を取り「薪水」を使っていたが、6代目山邑太左衛門は酒銘が女性的で、愛飲家にふさわしいか悩んでいたという。

6代目は1840年、京都の元政庵瑞光寺の住職を訪ね、机上の「臨済正宗」と書かれた経典を見て「正宗」がひらめいた。正宗の音読み「セイシュウ」が「セイシュ」に近く縁起も良さそうだと思ったようだ。ただ、同寺の現在の住職、川口智康さん(60)はこの由来について「昔のことでわからない」とのこと。

酒銘へのこだわりだけでなく、6代目が酒造りにかける情熱はすさまじかった。今日の吟醸造りの原型となる「高精白米仕込み」に取り組んだほか、西宮で酒造に適した「宮水」を発見、灘が最大の産地となる原動力になった。桜正宗など灘の清酒は「下り酒」と呼ばれ江戸で爆発的に売れた。1717年から江戸で灘の清酒を扱う酒類卸、ぬ利彦(東京・中央)の中沢彦七社長(70)は「正宗は吉原や藩主の屋敷で評判を呼び、江戸庶民に広がった」と話す。

◇            ◇

人気が高まるにつれ、正宗の名にあやかる蔵元が全国で続々と現れた。正宗の名は普通名詞となり、1884年に政府が商標条例を制定した際、桜正宗は正宗を登録したが受け付けられなかったほど。特許庁は「慣用商標の中で代表的な事例の一つ」(商標課)と説明。そこで桜正宗は国花の「桜」をつけた。

正宗は北前船などで全国に運ばれた。北海道函館市の老舗レストラン「五島軒」は開業した1879年から今日まで桜正宗を提供している。

今、正宗を冠した酒銘や社名は百数十あるといわれる。変わり種では武蔵野酒造(新潟県上越市)の「スキー正宗」。同社によると上越市は日本でのスキーの発祥地。古くから正宗の名を使っていたが、昭和初期に街おこしの一環でスキー正宗に変えたという。長野銘醸(長野県千曲市)の「オバステ正宗」は江戸末期、人気にあやかり採用。オバステは本社近くの地名だ。

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CMなどにより正宗で知名度が一番高いのは菊正宗酒造(神戸市)だろう。江戸後期に「正宗」を採用し、やはり条例制定後に登録申請して不許可となり、「菊」をつけて再申請し、受理された。1965年に社名として採用している。同社の嘉納毅人社長(69)は「正宗の採用時は問屋から正宗の名をつけたいとの要請がくるほど人気だった」と話す。最大手の白鶴酒造(同)は戦前まで「嘉納正宗」など4つの商標を持っていたという。

明治の商標条例の制定時に苦い経験をした桜正宗は今、再び商標の壁にぶつかる。相手は中国だ。4~5年前、輸出を始めるために現地で商標登録しようとした。ところが、既に桜正宗の商標は現地企業に取得されていることが判明した。現在も係争中で、同社の原田徳英執行役員(50)は「中国から輸出要請はあるができない状況」と話す。

酒銘には各社の歴史を背景に様々な思いが隠されている。一献、酒銘に思いをはせてみよう。

(神戸支社 原欣宏)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年1月23日付]

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