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佐幕の士、身に迫る斜陽 金戒光明寺(時の回廊)

京都守護職の本陣 左京区

「天気がいいと、ここからあべのハルカスが見えます」。境内を案内してくれた金戒(こんかい)光明寺(こうみょうじ)(京都市左京区)の橋本周現執事が言う。

京都守護職が本陣を置き京の街ににらみをきかせた(京都市左京区)

御影堂(みえいどう)の回廊の、通常は拝観できない場所。まさか、と思いながら促される方角に目を凝らすと、南西の視界が開けた先に、地面に刺した針のようなものが視認できた。

金戒光明寺は京都盆地の東端、東山連山そばの高台にあり、洛中を見下ろせる。ここからは御所まで約2キロと近い。京都と諸国を結ぶ街道の出入り口「京の七口」の一つ、東国へとつながる粟田口へも、わずか約1キロ半。これなら軍勢が大坂から京都を目指して押し寄せても、いち早く見つけられそうだ。「軍事的ににらみをきかせやすい場所なのです」(橋本執事)

治安維持の司令塔

金戒光明寺には幕末、京都守護職が本陣を置いた。同職は近藤勇、土方歳三らを擁する新選組を差配する権限も与えられており、いわば京都の治安維持司令塔でもあった。

緩やかな時が流れていた江戸時代の京都だが、幕末になると空気が一転する。1853年のペリー来航以来、幕府の外交は弱腰との反発から、尊皇攘夷思想に火が付く。台風の目になったのが、天皇の住まう京都。脱藩浪士や下級武士が朝廷の周辺に出入りし、京都は倒幕運動の温床ともなっていた。

不穏な世相に便乗して、市中では乱暴者が破壊や刃傷沙汰などを起こす「天誅(てんちゅう)」騒ぎが横行した。放置しかねた幕府は62年、非常時ポストとして京都守護職を制定。徳川恩顧の親藩大名、会津藩主の松平容保(かたもり)を起用する。

なぜその本陣が金戒光明寺に置かれたのか。この寺はもともと、徳川家康が天下平定後、いざというときに軍隊を配置できるよう城のようにしつらえてあったからだ。高台に位置するため周囲を封じやすく、西には高麗門が城門のような構えで迎える。

会津兵1000人駐屯

実際、境内には会津兵1000人が駐屯していた。当時約13万平方メートルの寺域に大小52の宿坊があり、うち25を兵舎として明け渡したとの記録が残る。同じ年、将軍上洛(じょうらく)の警護にあたるべく浪士組がつくられる。後の新選組だ。

 京阪神宮丸太町駅から京都市バスに乗り岡崎道下車、徒歩約10分。
近藤勇らが松平容保に謁見していたと思われる部屋も焼失、1936年に再建された(京都市左京区)

境内に立つ大方丈(だいほうじょう)には上段の間という一室がある。奥に行くと一段高く、突き当たりはさらに一段高くなっている。「松平容保はおそらくここで、新選組の近藤らから市中の動静について報告を受けていたと思われます」(橋本執事)。1934年に焼失したが、残っていた図面どおりに36年に再建された。

京都守護職も臨時職なら、新選組も志願者を寄せ集めたにわか部隊だ。幕府が自前でなく特別編成で治安維持に当たらせたのは、幕府の求心力の衰えによるものか。あるいは京都の治安維持強化は朝廷に弓引く、とのそしりを恐れた苦衷によるものか。

家康は、幕府転覆を狙う勢力は必ずや京都制圧に動くと予見。予見は的中し、1864年、長州軍と幕府側が京都御所西で衝突した。戦火は市中心部をおおかた焼き尽くす。今年はそれから150年。

文 編集委員 岡松卓也

写真 尾城徹雄

より道 著名人眠る浄土宗の大本山

 治安維持の司令塔というと、いかつく武張った印象だが、「くろ谷さん」の愛称で知られる金戒光明寺は浄土宗の開祖、法然が念仏の教えを開いた地。元もと修行していた比叡山延暦寺にある黒谷(元黒谷(もとくろだに))にあやかって、こちらは新黒谷とも呼ばれていた。

箏曲の名手、八橋検校の墓。名物菓子、八ツ橋の由来になったとの説も

浄土宗の大本山の一つでもある。徳川家が浄土宗に帰依していたことから、京都ではこのほか知恩院も城構えの整備になっている。

金戒光明寺には著名人の墓が多い。箏曲(そうきょく)の名手で八橋(やつはし)流の祖、八橋検校(けんぎょう)の墓もここにある。京都名物の菓子、八ツ橋の由来になったとの説もある人物だ。このほか武将の熊谷直実、儒学者の山崎闇斎、経世家の海保青陵、画家の竹内栖鳳、甲斐庄(かいのしょう)楠音(ただおと)らの名前も。

もちろん京都守護職本陣が置かれた経緯から、蛤御門の変をはじめ、鳥羽伏見の戦いなどで亡くなった会津藩士ら約370人の霊も祭られている。

白嵜顕成(しらさきけんじょう)・神戸女子大名誉教授の600ページを超す大著「くろ谷金戒光明寺に眠る人びと」に詳しく掲載してある。

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