宮大工の瀧川昭雄さん、10年がかりの工事を指揮

2010/4/23付
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当時と同じ工具で削った大極殿の柱について話す瀧川寺社建築の瀧川昭雄会長(奈良市の平城宮跡)

当時と同じ工具で削った大極殿の柱について話す瀧川寺社建築の瀧川昭雄会長(奈良市の平城宮跡)

1300年の時空を超え、いにしえの都の姿がよみがえった。奈良市の国特別史跡・平城宮跡に復元された巨大建築「第一次大極殿」。34人の宮大工集団をまとめ、10年がかりの工事を指揮した瀧川寺社建築(奈良県桜井市)会長の瀧川昭雄さん(76)は万感の思いで23日の完成記念式典を迎えた。「当時の工法を活用した文化財建築の美しさを多くの人に見てもらいたい」と話している。

新緑の地に立つ宮殿は柱の朱色がひときわ目を引く。15歳で宮大工になって以来、この道一筋。瀧川さんは「大極殿を造り上げるために60年の経験を注いだ。貴重な時間を弟子とも共有できた」と手応えをかみしめる。

桜井市で育った瀧川さんは12歳だった終戦直後の1945年冬、親に頼まれて大阪・生野の闇市に塩を買いに出かけた。地元の寺院は空襲を受けずに残っていたが、電車が大阪に入ると景色はがらりと変わり、一面に焼け野原が広がっていた。

「戦災にも耐えられるような、後世に残る仕事がしたい」。敗戦で傷ついた国の姿を目の当たりにした体験は、祖父や父と同じように神社仏閣や宮殿などの建築・補修を専門とする宮大工の世界を志す原点になった。

10代から多くの文化財の修復に参加。「寺院の屋根のそりなど曲線美を理解するには微分積分の知識も必要」と数学の知識も身につけた。法隆寺など約100件の修復にかかわるうちに、寺院の関係者から「文化財修繕の第一人者」との評価を受けるまでになった。

長年の功績が認められて任された今回の仕事は「同じ奈良時代の唐招提寺を参考に、当時の建て方を採用した」。建物を支える44本の柱(長さ約5メートル、直径約70センチ)はのこぎりの代わりに「チョウナ」と呼ばれる手おのを使ってたたくように切り、三十二角形に整えた。

仕上げは刃が鋭角のやりの形をした「ヤリガンナ」で表面に波模様を刻んだ。1本の加工には約1カ月の時間をかけた。

工具の扱い方を自ら弟子たちに教え込んだ瀧川さん。「ヤリガンナは上下左右、どの方向にも削れるから扱いやすい」と口にする弟子たちの様子に接し、「若手に技術を伝え、育てる最高の教材だった」と感謝する。

一部吹き抜けの構造になっている大極殿。「太陽の光が差し込んだ瞬間、ヤリガンナで刻んだ柱の波模様が浮き上がる。見栄えのする空間を多くの人に味わってもらえたら」。文化財建築に情熱を燃やす匠(たくみ)は満足げな表情を浮かべた。

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