障害者スポーツ、祭典で見えた課題 識者に聞く - 日本経済新聞
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障害者スポーツ、祭典で見えた課題 識者に聞く

障害者スポーツの祭典「パラリンピック」発祥の地で行われた今回のロンドン大会で、日本代表は金5、銀5、銅6の計16個のメダルを獲得した。日本でも障害者スポーツは競技としての認知度や魅力が高まる一方で、アスリートらを支える体制は不十分との指摘が多い。ロンドン大会が終わった今、障害者スポーツに何が求められているのか、浮かび上がった課題を識者2人に分析してもらった。

二宮清純氏 「パラリンピック選手が自由に使える施設整備を」

パラリンピック発祥の地で開かれたロンドン・パラリンピック大会は大成功を収めた。障害者が幅広くスポーツに参加できる環境が整った英国では、家族連れなどが連日会場に足を運び、マナーのいい観戦で会場が沸いたと聞く。障害者スポーツの成熟都市で行われた今大会は、次回大会から成功を判断する上でひとつの指標となるだろう。

五輪では史上最多の38個のメダルを獲得した日本勢。日本オリンピック委員会(JOC)が運営するナショナルトレーニングセンター(NTC)や、文部科学省が所管する国立スポーツ科学センター(JISS)を使用できたことが活躍の背景にあるのは間違いない。

一方でパラリンピックの日本勢は2008年の北京大会に続きメダルを減らした。パラリンピック選手は特例としてしかNTCやJISSの使用を認められなかった。厚生労働省の管轄にある障害者スポーツはおおむねリハビリの延長として位置付けられており、複数の障害者アスリートが2施設の使用を要望したものの、使用しづらい状況は変わらなかった。

縦割り行政の現状から障害者版のNTCやJISSの設置を求める声もあるが、五輪選手もパラリンピック選手も等しく使用できるように運用を工夫することから始めるべきだと考える。今大会前にもパラリンピックの日本競泳チーム16人が強化合宿を行うなどの例も見られたが、空いているときの例外的な使用だった。常時使えるようになれば、パラリンピック選手の競技力が一層高まり、五輪選手との一体感も生まれ、選手同士の草の根レベルで壁が取り払われることにつながるはずだ。

その先に、五輪とパラリンピックの予算権限と管理を一元化する「スポーツ庁」の必要性が議論されることになるだろう。ただ、文科省所管の幼稚園と厚労省所管の保育園の「幼保一元化」のように、縄張り争いの果てに一元化が事実上見送られ、さらに三元化したとの指摘をされるようなことになっては後退しかねない。だから、そこは慎重に議論しなければならない。

 今大会は五輪同様にパラリンピックの商業化を懸念する声が聞かれた大会でもあった。確かに過度な商業化は憂慮すべき事態を生む。例えばテレビ受けを優先するあまり、ボールを標的に近づける競技「ボッチャ」などのスピード感のない競技が淘汰される可能性は否定できない。また種目数を削減することになれば、障害のランクの統合が進み、重度障害者を置き去りにするような事態も憂慮される。

車いすテニス男子シングルスで金メダルを獲得した国枝慎吾選手のようにプロ選手として数々の大会に出場し賞金を得る選手も出てきている。彼と同じようにスポンサーの協賛などを得られる環境を整備することは重要で、そうした選手が活躍すれば競技力の一層の向上にもつながるだろう。いずれにしてもパラリンピックをより発展させていくためには多角的な視点による慎重なバランス感覚が必要で、商業化か否かの極論に矮小(わいしょう)化させるべきではない。

五輪とパラリンピックを共同運営

理想は五輪とパラリンピックを統合しての共同運営だ。しかし、それはオリンピックとの同化を意味しない。種目数や障害ランクの維持が担保されることが共同運営の前提条件となる。パラリンピックの価値を最大化していくこと、マイナー競技でも等しく価値を認め、幅広い障害者が参加できる仕組みを確保し、発展していく取り組みが求められる。

東京は2020年の五輪とパラリンピックの招致活動を行い、トルコのイスタンブール、スペインのマドリードと開催都市の座を争っている。東京が抱える問題の一つは支持率の低さで、2都市に差をつけられている。五輪終了後の東京・銀座でのパレードは支持率を上げる狙いがあったのだろうが、どうしてパラリンピックの閉会を待てなかったのかとの疑問が残る。正式名称である「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会」からも明らかなように、五輪とパラリンピックの一体感を演出する絶好の機会を逃してしまった。

翻ってわたしたちの障害者スポーツへの意識はどうだろうか。日常的に接する機会は少なく、関心が薄いというのは否定できない。私に障害者が遠い存在でないことを改めて気付かせてくれた選手の言葉がある。全盲の競泳選手の河合純一さんだ。「障害者は健常者の未来の姿だ」と述べ、「年をとれば視力が衰え、足腰が弱る。私たちの姿は健常者の皆さんの未来を暗示している」と。この言葉は目からウロコだった。パラリンピックは障害のある特別な人たちの特別な大会ではない。健常者と障害者の心のバリアフリーは、ほんの少しの意識変革からはじめられるはずだと思いたい。

野村一路・日体大教授 「選手育成に長期的な環境整備を」

ロンドン・パラリンピック大会は、スポーツが今の日本に文化として浸透しているかどうかを見極める上で意義深い大会だった。ロンドン市内のパラリンピック会場で未曽有の大声援が送られた英国は、障害の有無に関わらずスポーツを楽しみ、生活の中にスポーツが溶け込んだ成熟した国の姿をくっきりと浮かび上がらせたように思う。

昨年度制定されたスポーツ基本法では「スポーツは、世界共通の人類の文化である」と評価され、第2条の基本理念のなかでは「障害者が自主的かつ積極的にスポーツを行うことができるよう、障害の種類及び程度に応じて必要な配慮をしつつ推進されなければならない」とうたわれた。

障害者スポーツの振興が初めて明記されて迎えた今大会の日本勢は、メダルを大幅に減らした2008年の北京大会よりもさらに少ない16個のメダルに終わった。ことさらメダルの少なさを嘆きたいわけではない。メダル数を一つの目標として捉え、どのような課題が明らかになり、どう克服すればいいのか分析してみたい。

今大会で明らかになったのは、長期的な視点に立って、選手を発掘しトップアスリートを育てる環境を整備しなければ、世界に肩を並べることはできないということだ。開催国の英国はもとより、スポーツ大国ではこの長期的視点に立ってトップアスリートの発掘、強化・育成をしっかりと続けている結果が表れている。最多52個のメダルを獲得したアテネ大会では、陸上競技が18個を占めた。しかし今大会は4個。出場する競技によってはクラスの統廃合などの影響もあるが、有力選手の高齢化はもちろん、次代を担う選手層の薄さも懸念される結果となった。

日本パラリンピック委員会(JPC)には、日本身体障害者陸上競技連盟や日本車椅子バスケットボール連盟など61の競技団体等が加盟する。選手の発掘や育成は基本的には61団体が個別に担ってきた。どの団体も財政的に厳しいことに変わりはなく、ほとんどが専従スタッフを置けないまま、ボランティアで運営しているのが実情だ。

国から支給される強化費はあるが、選手個人の遠征費用などに優先的に充てるため、事務経費に使うことは難しい。団体は組織の維持や定期大会の開催など目先の業務をこなすのに手いっぱいとなり、長期的な視点での組織基盤強化が脆弱であると言わざるをえない。

 選手個人が競技を続けていく経済的な難しさは、選手らでつくる「日本パラリンピアンズ協会」が大会前にまとめたアンケート調査で明らかだが、選手を支える監督やコーチなどスタッフ陣も厳しい状況に置かれている。同調査では、コーチやスタッフの約8割が「無償のコーチである」と答えている。選手を支える団体やスタッフへの支援体制を充実させなければ、世界と互角に戦う選手を輩出することはできないだろう。

ただ、悲観ばかりしているわけではない。団体を支える仕組みや人材養成ができれば、障害者スポーツ全体が大きく発展する可能性があるからだ。

国民の理解が不可欠

団体を財政的に支えるにあたっては、国からの強化費の増額や企業や個人からの寄付などが考えられるだろう。ただ、どちらにしても国民による障害者スポーツへの理解がなければ成り立たない。そこでスポーツ基本法の基本理念に立ち返り、実現に向けた取り組みを積み重ねていくことが大事になる。

障害者の数は増加傾向にあり、障害者が日常的に運動やスポーツに親しむ機会をつくることは重要だ。文部科学省は今年度からの新規事業として、障害の有る無しに関わらずスポーツやレクリエーション活動を楽しむ、共生社会の実現に向けたモデル事業を全国15地域で始めた。各自治体のレクリエーション協会に事務局を置き、社会福祉協議会や障害者スポーツ協会、特別支援学校などとの協働で様々な事業の展開を進めている。

スポーツの本質はスポーツを楽しむことにある。スポーツを楽しむことにおいて障害の有る無しで違いがあってはならない。五輪とパラリンピックの両大会では、多くの国民が障害の有る無しに関わらず躍動するアスリートに勇気づけられ感動したことと思う。このように、スポーツを楽しむことを国民が分かち合えたら、結果的に障害者スポーツへの理解がより進むことになるだろう。

もう一つ訴えたいのは、五輪とパラリンピックのメダリストたちが、今後どのような社会的な役割を果たすかで、真のメダルの価値が決まるということだ。当然、メダルを獲得することそれ自体に価値があるのはいうまでもないが、メダリストが一般社会の中で果たす役割にこそ、国民は税金を投入された意味を見いだし、寄付などの本当の支援につなげられると考えるからだ。メダリストには社会的な使命を帯びた人間であるとの自覚を持ち、日本のスポーツ文化を成熟させる先導者になってもらいたいと強く思う。

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