2019年4月23日(火)

舞台から天下を睥睨 安土城跡(時の回廊)
信長の夢体感 滋賀県近江八幡市

2014/6/13付
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山腹へ一直線に延びる石畳の大手道。琵琶湖を一望する天主台――。天下人・織田信長が築いた安土城跡(滋賀県近江八幡市)に立つと、彼の壮大な夢を体感できる。

安土城の天主跡(滋賀県近江八幡市)=撮影協力・●(てへんに聰のつくり)見寺

安土城の天主跡(滋賀県近江八幡市)=撮影協力・●(てへんに聰のつくり)見寺

この城は日本の城郭では初めて本格的な天主(天守閣)を擁したとされる。7階建てだったとも伝わるが、図面は残っておらず、その姿は謎に包まれている。最近「京都の清水寺の舞台のようなバルコニーが設けてあった」との新説が登場、注目されている。

■記録と遺構にズレ

天主が完成したのは1579年。1582年6月に信長が本能寺の変で討たれた直後、原因不明の火災で焼失した。誰が火を放ったのかについては、信長の次男・信雄とする説や略奪目的の農民との見方などがある。いずれにせよ天主が存在したのはわずか3年間。その姿を巡って、研究者の間で論争が続いてきた。

わずかな手掛かりは信長に近仕した太田牛一が記した「安土日記」だ。これには天主について「南北20間、東西17間」だったと記してある。1間とは建物の柱と柱の間を指す。天主台で見つかった礎石の間隔は2.1メートルで、単純に計算すると南北42メートル、東西35.7メートルになる。

しかし天主台は実際には南北約30メートル、東西約25メートルの広さしかない。安土日記の記述をどう解釈するか、研究者らの長年の悩みの種だった。

■天主にバルコニー?

そんな中、「バルコニー説」を昨年唱えたのが奈良大学の千田嘉博学長(城郭考古学)だ。天主台の石垣の周囲には、寺社建築で見られる張り出し部「懸け造り」が設けてあったのでは、と主張する。

根拠の一つが10年ほど前、天主台の西側で見つかった礎石の列。石垣に平行するように約2.1メートル幅で配されていた。天主台の上にある礎石と合わせればちょうど17間になり、牛一の記録と符合する。

千田学長は、16世紀にバチカンに寄贈された安土城の絵図を模写したというフランドル(ベルギー)人ウィンゲのスケッチ画にも注目。天主の下層に何やら構造物が描いてあり、千田学長は「手すり付きバルコニー」と判断した。

天主西側で見つかった礎石の周囲からは、焼けた柱材や土壁も出土した。千田学長は「石垣を覆い隠すような建物があった」と推察する。

ウィンゲのスケッチ画にはバルコニー風の構造物が見える=矢印(千田嘉博・奈良大学長提供)

ウィンゲのスケッチ画にはバルコニー風の構造物が見える=矢印(千田嘉博・奈良大学長提供)

これに対し発掘を担当する滋賀県教育委員会の松下浩副主幹は「まだ一つの仮説」と慎重な見方だ。「見つかった礎石は、天主台の下にあった別の建物のものだった可能性もある。天主が懸け造りだったとは断定できない」

信長は1578年に右大臣を辞任し、その後は朝廷の官職には就かなかった。千田学長は「信長は天皇や将軍の権威を超越しようとした」と指摘し「天主のバルコニーは、西洋式の謁見の場では」と話す。天下を睥睨(へいげい)する政治的な舞台装置だったのだろう。安土城の探究は、信長が思い描いた「新たな国のかたち」を掘り起こす試みでもある。

文 大阪社会部 塙和也

写真 玉井良幸

〈より道〉 家康歓待 ぜいたく御膳

安土城跡から徒歩25分ほどにある博物館「安土城天主信長の館」に「安土御献立」が展示してある。本能寺の変の直前、1582年5月に徳川家康を安土城に招いて、もてなした際の料理を再現、模造したものだ。

「安土城天主信長の館」に展示されている「安土御献立」のレプリカ(滋賀県近江八幡市)

「安土城天主信長の館」に展示されている「安土御献立」のレプリカ(滋賀県近江八幡市)

家康が安土に到着した際に出された「おちつき膳」はデザートも含め計6膳。もっとも豪勢な3番目の膳は、キジ肉のやきとり、ツル肉を使った澄まし汁、ワタリガニを煮た「かざめ」などで構成する。江戸時代の国学者、塙保己一が編さんした「群書類従」に記載されている献立だという。

信長は同年3月、家康の協力を得て長年の宿敵である武田氏を滅ぼし、現在の長野、山梨両県と群馬県西部を版図に加えた。家康の労をねぎらうために信長が用意したのがこの料理だ。

安土城跡はJR安土駅から徒歩30分。安土城天主信長の館は同駅から徒歩約25分。

安土城跡はJR安土駅から徒歩30分。安土城天主信長の館は同駅から徒歩約25分。

家康はこの時、少数の家臣を連れて安土城から堺へと遊覧した。本能寺の変の際、明智光秀の追っ手から命からがら三河(愛知県)に逃れたとの逸話も残る。

同館の小川康子副係長は「御献立は当時の贅(ぜい)の限りを尽くした料理。城や合戦だけではない、安土桃山時代の別の側面も楽しんでほしい」と話す。

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