財政健全化「混迷なら米投資に悪影響」 FRB議長講演全文(2)
【ニューヨーク=蔭山道子】バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は26日のジャクソンホールでの講演で、連邦債務上限引き上げを巡る議会の混迷について「似たようなことがまた起きれば米国への投資意欲をそぐ」と語り、強い懸念を表明した。そのうえで、短期的な景気下支えと長期的な財政健全化の「両立は可能」と強調した。講演内容は以下の通り。
米国の経済政策と長期的な経済成長
金融危機とそれに伴う混乱は世界、とりわけ先進国経済に深刻な困難をもたらした。私は(今回の講演で)こうした困難について振り返り、米経済の回復の遅さについて診断するとともにFRBの対応について話をしてきた。だがこの会議は長期的な経済成長に焦点を置いている。生活水準の決定には長期的な成長率が決定的に重要だからで、ここからは米経済の長期的な成長とそれを形作るための経済政策の役割について話したい。
我々は今、深刻な困難に直面しているものの、私は米国の長期的な経済成長の可能性はこの危機やリセッション(景気後退)により大きく影響されることはないと期待している。もし――もし仮に、と強調しておくが――我々の国がそれを守るために必要なステップを踏めばの話だが。
中期的には住宅市況は安定し再び拡大を始めるだろうし、人口増加と家庭の形成が住宅需要を生み出す。先手を打った住宅対策がその回復を支えるだろう。金融市場と金融機関は、すでに正常化に向け大きく改善したし、金融セクターは現行の改革を続けるとともに仲介的な役割を果たしていくだろう。家計のバランスシートは改善を続け、それも景気回復を支えとなるだろう。
企業部門は新規の設備投資をしたり新技術を採り入れたりして生産性を上げるという、これまでの努力を続けるだろう。欧州諸国も現在の難しい状況において何が問題が十分理解しており、今後、効果的かつ包括的に対応するため必要で適切なステップを踏んでいくだろう。
回復、一時停滞も
経済回復には時間がかかる。その間に後退もあるかもしれない。金融リスクを含めて景気回復上のリスクに警鐘を鳴らし続ける必要がある。しかし、私がいまから述べる"ひとつの例外"がために、景気回復のプロセスに大きな傷を残すべきではない。
金融危機と景気後退の衝撃にもかかわらず、米経済はいまだ世界最大だ。産業は多様化しており、国際的な競争力もある。我々の経済は世界の市場として優位性があるし、強い起業文化もある。資本や労働に柔軟性もある。多くの大学が先進的な研究を手がけ、他の国々よりも多額の資金を調査・開発に投じている。
もちろん、米経済は困難に直面している。他の先進国同様に高齢化が進んでおり、米社会が労働者の高齢化に適応していく必要もあるだろう。我々の幼稚園から高校までの教育システムは多くの人々にとって、機能していない。医療費は世界最高なのに、それにふさわしい結果が出ていない。しかしこうした長期的な問題は危機の前から周知のことだった。努力は続けられており、今後も続けられる。
米国の経済政策の質は、この国の繁栄に大きく影響する。最大限の成長を遂げるには、政策決定者はマクロ経済と金融安定を促進せねばならない。効率的な税制や貿易、規制を採り入れたり、技術労働者を育成したり、官民両方で生産的な投資をしたり、新技術を開発・採用するための支援をしたりする必要がある。
FRBには経済の長期成長を促進する役割がある。最も重要なのは、長期的な経済成長と金融安定を目指し、インフレを低い水準で安定的に維持していく金融政策だ。低く抑えられ安定したインフレは市場の機能の改善につながる。資本の効率的な配分も可能になり、家計や企業も物価水準の予想外の動きを気にしすぎることなく将来の計画を立てることができる。
FRBはこれ以外にも規制当局としての役割も負う。金融全体の安定を監視し流動性を提供できる最後の手段として機能する。
財政再建と成長の両立
通常、短期的な経済成長を目指す金融・財政政策は、長期的な経済成長まで引き上げることは期待できない。だが、今の状況は例外的に見える。これが先ほど述べた"ひとつの例外"だ。
現在我々の経済は失業率の非常な高さや長期失業者の多さなど困難に直面している。こうした状況下では短期的な経済成長を目指す政策が長期的にも効く可能性がある。人々が職につければ困難が和らぐとともに、米経済が資源を無駄にせず潜在力のすべてを活用して生産活動にまい進することにもつながる。長期的には、失業期間を最小限に減らせば労働者の技能の低下を招くこともなく健全な経済を支えることにつながる。
雇用改善は急務だ。だがしっかりとした長期的な経済の成長に必要な政策の大半は、中央銀行の範囲の外にある。我々は最近、連邦政府の財政政策で進展をみた。経済成長と安定に資する財政政策について話をしたい。
経済と財政の安定を達成するためには、国の収入に対する債務の状況を少なくとも安定的に保ち徐々に減らしていくなど、持続可能な政策が必要だ。以前私が強調した通り、政策を大幅に変えなければ、財政は制御不能になるだろう。そうなれば経済や金融に大きな打撃となる。高齢化で医療費用が膨らむことなどによる債務の増大には、迅速で断固とした対応が必要だ。
財政の安定について迅速な対応が必要であるとはいえ、政策決定者は今の景気回復がもろいものであるということを忘れてはならない。幸運にも、財政の安定の達成と、景気への悪影響の回避という2つの目指すべきゴールは両立不可能ではない。(緊縮)財政がもたらす景気回復への影響に注意を払いつつ、長期的な債務削減につながる計画を今策定することは、2つの目標の達成に資する。
財政の政策決定者は税制や歳出の計画を通じてより堅固な経済成長を後押しすることもできる。我が国は税制、歳出計画を通じ勤労と貯蓄の支援、技術投資の促進、民間の資本形成への刺激、調査・開発の促進、インフラ提供などを進めるべきだ。より生産的な経済は、我々が直面する二律背反を和らげるだろう。
財政混迷なら経済動揺
最後に、そしておそらく最も難しいことだろうが、米国には財政政策のより良い決定プロセスが必要だ。今夏の(連邦債務上限を巡る)交渉は、金融市場や経済の混乱を招いた。似たようなことがまた起きれば、世界の投資家が米国の金融資産を保有したり雇用を創出する米国への直接投資などへの意欲をそぐことになる。
詳細は交渉に委ねる必要があるが、財政政策の決定者(である議会)は、明確で透明な財政目標に向けた効率的なプロセスを考え出すことができるだろう。もちろん公式の財政目標と仕組みを定めるとしても、政策決定者は財政健全化に向け困難だが必要な決断を迫られる。財政目標に対する国民の理解と支援が重要だ。
経済政策の決定者は、我々が向き合う短期的・長期的な困難に関連した難しい決定を迫られる。しかし私はそれらの困難な状況は克服されうるもので、米経済は基礎的な強さを回復できると信じている。FRBは物価安定のもとの高成長と雇用改善を支援するため出来ることはすべてやる所存だ。