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最大級ファンド創業者「欧州危機、深刻化リスク30%」

米ブリッジウォーター・アソシエーツ レイ・ダリオ氏に聞く

【ニューヨーク=伴百江】運用資産残高で世界最大級のヘッジファンド、米ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者レイ・ダリオ氏が日本経済新聞の取材に応じた。米国、欧州、日本など世界の先進国がデレバレッジ(負債圧縮)の過程にあり、長引く欧州債務危機が深刻になるリスクが「30%程度」あるとの見方を表明。日本は、量的緩和拡大による名目成長率引き上げが急務との見方を示した。同氏が日本のメディアの会見に応じるのは初めて。

同氏との一問一答は次の通り。

――欧州債務危機の行方は。

世界最大級のヘッジファンド運用会社ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者レイ・ダリオ氏(Emily Hey撮影)

「欧州の危機は深刻だ。各国が自分の中央銀行を持たないことから必要な国に必要なだけ紙幣を印刷して金融緩和をするのが難しい。各国が自らの利益だけを追求し、富める者が貧しい者を支えることができていない。欧州に必要なのはかつて1790年に米国がなし遂げた(独立していた州を統合して1人の大統領と財務省を作り上げた)真の統合だ」

「欧州は1つの中央銀行に加え、1つの財務省、1人の財務大臣、税制と財政政策の中央集権化だ。1つの中央銀行がすべての国の利益にかなうような政策を実行するのは不可能だ。債務国が独立した金融政策もなく、富める国からの十分な富の移転もない現在の状況では自国経済は縮小の悪循環に陥っている。かといってユーロを崩壊させるのは同じくらい深刻な事態になる。いずれも悪い事態だ」

「現在の金融市場で最大の懸念は、この欧州債務危機が制御不能の状態になることだ。それが今後数年以内に起こる確率は30%程度とみるが、仮にそうなった場合、富める者と貧しい者との間の社会的闘争が起こったり、この金融危機が欧州域外の国や金融機関に波及するリスクがある」

日本国債の需給バランスに不安

――日本が第2のギリシャになる懸念は。

「日本はギリシャとは違う。ただ、日本は紙幣印刷と負債のリストラ、緊縮経済のバランスをとれないでいるために深刻な問題に直面している。名目国内総生産(GDP)の伸び率を名目金利よりも引き上げるために紙幣を印刷して長期資産の買い取りを十分実施していない。そのため、GDPに対する負債の比率が上昇を続けている。日本国民の貯蓄率の高さを利用して政府は長い間資金調達ができたため、今のところ債務危機には至っていない。しかし、社会の高齢化が進むに伴い貯蓄を取り崩す動きが加速すれば、日本国債の需給バランスは崩れる」

「日銀が何もしない状態を続けられる時間は限られている。紙幣を印刷して量的緩和を実施し、円安にすることが負債圧縮につながる。何もしなければ今後2~3年で日本の債務問題は深刻な状況になるだろう」

 ――金融危機後の各国のデレバレッジはどれだけ進んだか。

「通常、過剰債務が起こる過程では2年ほどの間にバブル膨張が頂点に達し、その後15年間ほど続くデレバレッジの局面が訪れる。日本では金融バブルが87~90年の間に膨らみ、米国や南欧では05年から07年の間にバブルが膨らんだ。世界大恐慌の前のバブルは27~29年に起こった。その間、金融投機のための借り入れが、GDPに比べて高くなりすぎた。デレバレッジのプロセスはどのバブルでも基本的に同じで、GDPに対する負債の比率を引き下げるプロセスだ。それには負債のリストラ、緊縮経済、富の移転、金融緩和という4段階を経るのが普通だ」

「最終的には中央銀行が紙幣を増刷して金融資産を買い取ることで名目成長率(インフレ率プラス実質成長率)が名目金利を上回ることを目指してきた。紙幣を増刷するだけではインフレを招くが、負債のリストラと緊縮経済というデフレ要素を組み合わせることで数年間にうまく均衡がとれるようになる。しかし、この金融緩和の度合いが小さすぎれば名目成長率が名目金利を上回ることができずに、債務負担は一段と拡大しこのデレバレッジのプロセスは20年以上続く可能性もある」

「米国ではかなり大規模な紙幣印刷による量的緩和の実施と、インフレ・デフレのバランスをうまくとった結果、デレバレッジは迅速に進んだ。欧州ではこの紙幣印刷による量的緩和を十分に実施することができないために債務国は過剰債務のまま行き詰まっている。欧州のデレバレッジのプロセスはかなり長期化するだろう」

バーナンキ議長は称賛に値する

――それに照らして米国の金融政策の評価は。

「バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は世界経済を大恐慌から救った金融政策の達人だ。バランスのとれた金融政策は称賛に値する。彼がいなかったら金融危機はもっと深刻なものになっていた。銀行だけでなくゼネラル・エレクトリック(GE)といった流動性危機に陥っている一般企業も救済したことも評価できる。これらの企業がデフォルト(債務不履行)に陥っていたら、市場の自信が回復するまでに10年はかかっていたはずだ」

「ただ、米政府がリーマン・ブラザーズを救済しなかったのは誤りだ。これはFRBの過ちではなく、米財務省の過ちだ。しかし、その後のFRBの政策でなんとか挽回(ばんかい)できた」

――米景気の現状は。

「現在の米景気は大恐慌があった後の33~37年のリフレーションの時代と似ている。紙幣印刷による量的緩和の後のデレバレッジの過程の1つだ。おそらくあと8~10年は低成長が続くだろう」

「米国の家計のバランスシートが正常化するのにも何年もかかるだろう。住宅価格が大きく下落して家計の資産は目減りし、住宅の正味価値(ホームエクイティ)を担保にした融資を受けることも難しくなった。家計の収入に対する負債比率は多少低下したものの、過去の平均と比べれば依然高水準だ。一部の銀行経営者の中にはあと1年半ほどで家計のバランスシートは正常化すると発言した向きもあるが、それは大きな間違いだ」

 ――サブプライム危機に端を発した米国発の金融危機時にもファンド運用で着実な収益を確保したのはなぜか。

「過去の歴史に照らして経済という機械(マシン)がどう機能するかということを研究した結果、我が国の経済がデレバレッジの局面に入っていくということを理解したからだ。多くの人がこれを見逃したのは、デレバレッジが自分の生きている間に起こった事象でなかったため、経済活動の自然の結果ということを理解できなかったからだ」

「私は60年代から投資を始めたが、71年の金融システム(ブレトンウッズ体制)の崩壊、73年の石油危機とインフレ高騰など、自分にとって初めての数々の出来事を体験してきた。しかし、そうした出来事は自分にとっては初めてでも、歴史を振り返れば同じようなことが起こっていたことがわかった。経験則だけに頼らずに、過去の歴史を振り返ることで今起こっていることが見えてくる」

投資資産の10%程度を金に

――その上で何に投資して利益を上げたのか。

「当社ではリスクを集中しないように大規模な運用資産を数多くの金融商品に振り向けているため、投資ポジションを一言で伝えるのは難しい。あえていうなら、信用リスク、流動性リスクのある商品を避け、金融危機時にも比較的好調な収益を出せる投資資産に資金を振り向けた」

「安全な国債は金利が低下すると見込んで米国債、ドイツや英国、日本など信用リスクのない国の債券に投資。債権国になっている安全通貨の円、スイスフランを買い、金にも投資した。長短金利差拡大を見込んだ証券投資もした。サブプライム危機時にはすでに欧州債務危機が起こることを予想していたので、欧州の信用リスクのある国の債券は避けた」

「欧州諸国が毎月どれだけ借り換えがあってどれだけ負債を膨らませているのかは誰の目にも明らかで債務危機には驚かなかった。ただ、多くの人が見逃していたのは、その債権者の多くが大手銀行だったことだ。大手銀行は自分たちも負債を膨らませ過ぎて、欧州の債券をこれ以上買う余力がなくなった結果、欧州債券の需給バランスが崩れて債務危機が起こった」

――欧州債務危機の深刻化など最悪のシナリオに備えて投資家がすべきことは。

分散投資の一環として投資資産の10%程度を金に振り向けることだ。金はいい投資先であり分散投資先としても適している。残りの90%の投資資産へのリスクヘッジとして金投資は重要だ。長期的には新興国市場の通貨へ資金を振り向けるのもいい。先進国の通貨は(債務問題などで)長期的には下落が避けられないからだ。ただ、欧州の銀行に資金調達を依存している新興国も多く、債務危機で欧州銀が資金を引き揚げれば、それらの国には打撃になる可能性がある」

――日本では年金詐欺事件のあおりを受けてヘッジファンドの評判が悪くなったが。

「どんなグループにもいい人と悪い人がいるように、悪い銀行といい銀行、悪いセールスマンといいセールスマン、悪い教師もいればいい教師もいる。ヘッジファンド全体を悪者扱いするのは間違いだ」

<サンダル履きのカリスマ>稼いだ利益は358億ドル

米コネティカット州ウエストポートにあるブリッジウォーター・アソシエーツ本社は森と小川に囲まれた山荘のようなオフィスだ。レイ・ダリオ氏(62)はジーンズと素足にサンダル履きで現れた。運用資産総額1200億ドルのヘッジファンド運用会社の創業者というよりも学者風の容貌だ。

コネティカット州ウエストポートのブリッジウォーター・アソシエーツ本社は森と小川に囲まれた山荘のよう

米業界誌アブソルート・リターンのランキングで2011年の報酬が39億ドルと業界1位になった。英運用会社LCHインベストメンツは、各ヘッジファンドが会社設立後から11年末までに稼いだ利益の実績ランキングで、ブリッジウォーターが358億ドルと、ジョージ・ソロス氏、ジョン・ポールソン氏のファンドを上回り1位になったと発表、「史上最も成功を収めたマネジャー」と評価した。

同氏を成功に導いたファンド運用はすべて、ダリオ氏自らが執筆した123ページからなる「プリンシプル(根本原理)」(http://www.bwater.com/Uploads/FileManager/Principles/Bridgewater-Associates-Ray-Dalio-Principles.pdf)をもとに決められるという。

ニューヨークのクイーンズ区でジャズのサクソフォン奏者の父と専業主婦の母の間に生まれたレイ少年が、どのようにして投資にのめり込んでいったかを含めた同氏の投資哲学と世の中の見方がこのプリンシプルに凝縮されている。

「グローバル・マクロ」戦略をとる同社は債券や為替、株式、商品などに広く投資するが、投資決定のプロセスはすべてこのプリンシプルをもとに、毎週月曜日に開く「ブレインストーミング」会議で決定する。ダリオ氏は精神の創造性を高めるために、過去42年間にわたり、ほぼ毎日瞑想(めいそう)も欠かさないという。

日本を含む世界の年金基金や大学寄付基金、財団など機関投資家の資産を中心に運用する。従業員数が1200人と通常のヘッジファンド運用会社と比べかなり規模が大きいのは、機関投資家の資産運用にはそれなりのインフラが必要だからという。

「不安な時代」が映すダリオ氏の台頭


 レイ・ダリオ氏はヘッジファンドという語句から想起するような「投機家」ではない。「経済という機械がどう動き、世界をどう変えていくか」を考え、長期シナリオに合わせて投資している。
 2008年の米国の金融危機に続き、欧州は今も深刻な債務問題から抜け出せない。先進国を中心とした秩序が根底から揺らぎ、投資家にも「世界の先を読む力」が求められるようになった。レイ・ダリオ氏の台頭は、世界で地殻変動が起きる「不安の時代」の到来を映し出す。
 ダリオ氏は債権者になった新興国が、借金を積み上げる先進国を凌駕する未来を描く。世界の国内総生産(GDP)に占める新興国の比率は今が約5割。長い目では新興国へのパワーシフトが進み、ドルもいずれ基軸通貨としての地位を失わざるを得ないとみる。
 栄枯盛衰を繰り返すヘッジファンドの世界では主役の顔ぶれも変わってきた。暗い未来を予見するダリオ氏に死角があるとすれば、世界的な金融緩和ラッシュが引き起こす資産バブルの再来シナリオだろうか。
(ニューヨーク=川上穣)

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