2018年6月20日(水)

[FT]イラク混乱はだれのせいなのか(社説)

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2014/6/20 14:00
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 イラクの混乱が激しさを増し、国家分裂の危機が高まるなか、2つの問題が取り沙汰されている。1つはもちろん、イスラム教過激派組織「イラク・シリアのイスラム国」の進撃を食い止めるために、米国と同盟国がどんな手を打てるかという問題だ。もう一つ、活発に議論され、欧米諸国の最終的な対応に影響を与えることになるのが、イラクの混乱はだれに責任があるのかという問題だ。

イラク政府軍に志願する人々が次々と受付場所へ訪れる(19日、バグダッド)=AP

イラク政府軍に志願する人々が次々と受付場所へ訪れる(19日、バグダッド)=AP

 欧米の多くの人がとっさに思いつくのは、2003年の米主導によるイラク侵攻がいまの混乱の主な原因になったという考えだ。イラク侵攻は悲惨な過ちだったと広く考えられている。イラク国民約25万人が命を落とし、米軍4500人と英国軍179人が戦死した。イラクのサダム・フセイン元大統領が大量破壊兵器を保有しているというのが侵攻の前提だったが、この主張は全くのデタラメだった。

 ところが今週、イラク侵攻を主導した当事者が相次いでメディアに登場し、この考えに反論している。チェイニー前米副大統領はオバマ米大統領に直接の責任があると批判。大統領は国際テロ組織アルカイダの脅威に直面し、イラクを「見捨てた」と指摘した。イラク占領後に統治に当たった元米外交官のポール・ブレマー氏は、11年の米軍撤退で米国は政治的影響力を失ったと語った。侵攻が誤りだったことを頑として認めないブレア元英首相は「『我々が』この状況を引き起こしたという考えから解放されなくてはならない。そうではないからだ」と主張した。

■2003年侵攻が過激派台頭の遠因

 イラクの悲惨な現状における自らの役割を小さく見せようとする「2003年組」のこうした努力は見苦しく、愚かだ。米主導の侵攻は残忍なフセイン政権を終わらせたが、国の組織の大半も破壊した。8世紀以上にわたり保たれてきたシーア派とスンニ派の勢力バランスを崩し、アルカイダなどイスラム過激派がアラブ世界の一端に侵入する隙を与えた。こうしたことが全て長期に及ぶ混乱を招いた。

 いまの事態を招いた原因は03年の侵攻だけにあるわけではない。11年に米軍が撤退した時点では、イラクは多元的で包括的な安定政権に移行できるはずだった。シーア派中心のマリキ政権が宗派主義を強引に進め、スンニ派住民を冷遇する方針を決めたため、「イスラム国」が勢いを増した。

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