/

カンボジア「独立の父」 シアヌーク前国王が死去

(更新)

【ハノイ=伊藤学】カンボジアで独立運動や和平などに尽力し、国民から「独立の父」と呼ばれたノロドム・シアヌーク前国王が15日未明、滞在先の中国・北京で死去した。89歳だった。がんを患っていたが、中国国営の新華社通信は死因について「自然死」と報じている。

治療のため北京を度々、訪れていた。息子のシハモニ国王とフン・セン首相は15日、中国に向かった。遺体を引き取って帰国する。国葬を予定しているが、日程は明らかになっていない。

1941年に祖父のモニボン国王の死去を受けて即位。太平洋戦争後にフランスからの独立を実現した。55年に王位を父親に譲り、自身は政治への関与を一層強めた。退位後は「殿下」の称号で親しまれた。

その後は大国の利害や、クーデターなどの混乱に翻弄された。60年の父親の死去後、国家元首に就任。冷戦体制の下、中立外交を掲げ、大国からの支援獲得に尽力したものの国内では左派と右派の対立が深刻化。内戦の火種を消すことができないまま、70年の外遊中にクーデターによって国外追放された。

75年に帰国。国内では米国との関係が良好だったロン・ノル政権を崩壊させたポル・ポト派が実権を掌握した。同派がつくり上げた急進的な共産原理主義国家「民主カンプチア」の下で権力を奪われ、事実上の引退を余儀なくされた。急進的な共産主義を掲げたポル・ポト時代には多数の親族が虐殺されたという。

ポル・ポト政権下で一時、消息が途絶えるが、79年のベトナム軍によるカンボジア侵攻で国際舞台に再び姿を見せた。国連安全保障理事会に出席後、帰国せずに北京と平壌に滞在。82年に民主カンボジア連合(3派連合)の大統領に就任。91年に13年ぶりに帰国した。

93年に再び国王に即位し、2004年に突然退位するまで国王の座にあった。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン