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[FT]W杯で試された南アフリカの真価

(2010年7月6日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

サッカーワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で最後のボールがけられるまであと5日あるが、南ア国内には既に安堵(あんど)感が広がっている。

人種分裂捨て、大会成功目指し団結

この1カ月間、南アは世界最大のスポーツ大会を主催することで自国の力を試した。国民は外国人に対し、南アが安全で、友好的で、洗練された国であることを必死に示そうとした。だが、彼らは自分たち自身に対しても証明したい点があった。いまだに人種によって激しく分裂している母国が大会の成功のもとに団結できる、ということだ。

W杯は一般に成功と見なされている。スタジアムは壮観で、期限までに完成した。公共輸送機関はうまく機能した。犯罪は極めて少なかった。南ア国民は黒人、白人を問わず、一緒になって自国チームを応援した。世界中から訪れた観客は、南アの美しさともてなしに感銘を受けた。

南アが重大な問題を抱えていることは間違いない。高い失業率、犯罪、エイズ、人種間の摩擦、驚くほどの貧富の格差――。しかし今回、1989年以来初めて南アを再訪することになった筆者は、アパルトヘイト(人種隔離政策)全盛期以降の進化の度合いにも驚かされた。

水も電気もない掘っ立て小屋の街にも変化

ヨハネスブルク郊外に粗雑な黒人居住区として作られた街ソウェトには、今ではちゃんとした高速道路が通っている。道路は舗装され、夜になれば街灯がともる。大型のショッピングモールもあれば、ファストフード店もある。どれも20年前にはなかったものばかりだ。

アパルトヘイトの終焉(しゅうえん)以降、何もなかった場所にいくつもの街ができた。ヨハネスブルクとプレトリアの間に位置するディエプスルートは、今や人口100万人を優に超す大きな街だ。この街はいくつかの点で「新しい南ア」の問題を象徴している。

大勢の人が水も電気も通っていないブリキの掘っ立て小屋に住んでいる。失業率と犯罪率は高い。そして、地元の南ア国民と、近隣のアフリカ諸国ばかりでなく、遠くはパキスタンから流入してくる何十万人もの移民との間で摩擦が生じている。

しかし、ある意味では、ディエプスルートでさえ進歩を象徴している。というのも、アパルトヘイトのもとでは、南アの黒人は文字通り、居住区に閉じ込められていた。人種に基づく移動の自由に対する制限が撤廃されて、南ア全土の貧しい人々が仕事を求めてヨハネスブルク近辺に移住できるようになったのである。

W杯の幸福感を社会問題解決に振り向けられるか

ディエプスルートには本物の貧困も存在するが、一方では、ラッシュアワーには交通渋滞が起きるし、街角ごとに美容室や「タックショップ」(食料雑貨店)、バー、インターネットカフェなどの店がある。

ディエプスルートなどの場所に見て取れる社会のニーズは、明白な疑問を投げかけている。つまり、何億ドルもの大金を新しいサッカースタジアムの建設に散財するという南ア政府の判断は正しかったのか。むしろ、そのカネを住居や学校、医療に投じた方が良かったのではないか、という疑問だ。

その答えは、今後何が起きるかにかかっている。今回のW杯によって生まれた幸福感が、2004年の夏季オリンピック開催後にギリシャで広がった「気分が良くなる要素」と同じくらい短命に終わる可能性は十分ある。だが、南ア政府がサッカー大会の成功につぎ込んだエネルギーのいくらかを現実社会の問題に振り向ければ、やはりW杯は転換点になり得るだろう。

南アは短期間でぴかぴかのスタジアムを建設してみせた。しかし、国を荒廃させるエイズのまん延については、政府の対応は悲惨なまでに遅く、国民の平均寿命は60歳から49歳にまで下がってしまった。

教員労組との対峙渋る政府

また、アパルトヘイト終焉から20年近くたつのに、南アの学校はまだ数学と科学でお粗末な成績しか上げられない。その結果、この国は(指標にもよるが)最大40%もの高失業率とスキル不足に同時に苦しめられている。にもかかわらず、政府はなお、欠勤を繰り返す教師を代表する強力な労働組合と対峙(たいじ)するのを渋っている。

ことW杯にかけては、南ア政府はたがを締めてかかった。期限や約束が守られなければ大会開催地をよそに移すぞという脅しで、外部から多大な圧力をかけられていたことも背景にあった。

だが南ア国内では、与党アフリカ民族会議(ANC)はこのような外部の圧力にさらされていない。解放運動を掲げる同党は当然のように、将来長きにわたって選挙を勝ち続ける自信があるように見える。

一党支配が必然的に惨事を招くとは限らない。シンガポールと中国では、揺るぎない権力を持つ与党が長期にわたる高度経済成長を指揮してきた。問題は、ANCの姿勢が中国共産党よりもかなり左寄りであるように見えることだ。

W杯が終わったら元通りになるのか

ANCは南アに、発展途上国よりもスウェーデンに適しているような規制と労働法を敷いた。中国が外国人投資家を誘致するために最善の努力を払ったのに対し、南アは「黒人の経済的権利拡大(BEE)」政策の名のもとに、投資家に多大なコストを強いる投資法を採用した。

BEE政策は一見して、コネを持った一握りの黒人集団を豊かにする一方、貧困層のための雇用創造を阻害する結果になった。黒人、白人を問わず、多くの南ア国民は今、自国政府が次第に自己満足に陥り、腐敗し、非効率になっていると不満をこぼしている。

W杯では、南ア政府が持つより力強い側面が明らかになった。ある晩遅く、試合を見た帰りのこと。ヨハネスブルク中心部のみすぼらしい地区を歩きながら、筆者は南ア出身の連れに向かって、効率的な治安維持体制をほめた。すると、連れは笑いながら言った。「ああ、それは君たちのためだけだよ。W杯が終わったら、また元通りだ」

南ア政府が今、犯罪や輸送、その他諸々の問題に真っ向から取り組めることを証明できたら、どれほど素晴らしいだろうか。たった1カ月間だけ、それも外国人だけのためではなく、将来長きにわたって、すべての南ア国民のために。

By Gideon Rachman

(翻訳協力 JBpress)

(c) The Financial Times Limited 2010. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

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