[FT]米国が苦悩する「世界の警察」という責務

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2013/9/4 7:00
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英国と同様に米国でも、世界の警察官になることをまだ当然視している外交政策担当者たちと、彼らより懐疑的な一般国民との間にギャップが生じているように思われる。世論調査によれば、英国民のほぼ4分の3はシリアに関する英国議会の決断を支持している。一方の米国では、大統領が計画している巡航ミサイルでの攻撃について国民の意見が真っ二つに割れており、連邦議会の審議はそのような状況の下で行われることになる。

シリア問題に関するこのような懸念は、完全に理解できる。検討しているのはあくまで限定的な攻撃だとオバマ氏は再三強調しているものの、オバマ氏がきちんと答えられない疑問がいくつか残っているからだ。

例えば、もしシリアのアサド大統領が攻撃に屈せず、化学兵器を再度使用したら何が起こるのか。シリアにおける、化学兵器以外の人権侵害は無視するのか。米国はシリアの今後について、実行可能な政治的ビジョンを描けているのか。

首都ダマスカスに巡航ミサイルを何発か撃ち込み、それによって何とか状況が改善してくれることを期待するというやり方は、あまり高度な戦略ではないように思われる。

■90年代以降に発展した新ドクトリン

もっと大きな問題もある。米国は1945年以降、世界の安全を保証する国であることを自認してきたが、それは決してあらゆる紛争に介入したり、あらゆる人権侵害を制止したりするという意味ではなかった。例えば、米国は1980年代のイラン・イラク戦争には介入していない。この戦争はシリア紛争と同様に、米国が信用していない国同士で戦われ、化学兵器も使用された。

特に残虐な内戦に介入したり、特定の兵器を禁じたりすることが米国の役割だという考えが根付いたのは1990年代以降のことだ。その起源はルワンダ虐殺、ボスニア戦争、そして対テロ戦争の一環としての「大量破壊兵器」に関する新たなドクトリンの発展にある。

英国の元首相で、このリベラルな介入主義のドクトリンの発展に大きく貢献したトニー・ブレア氏は2009年の演説で、こう問いかけた。「我々は今、より伝統的な外交政策に戻るべきなのか。大胆さを欠く一方で慎重さを増し、あまり理想主義的でなく、より現実的な政策に戻り、介入が招きかねない予期せぬ結果を恐れて、許し難いものを進んで容認すべきなのか」。英下院は今回明らかに、ブレア派の遺産を拒絶した。

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シリア情勢を巡る動き

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