フォードCEOにフィールズ氏 マツダ元社長、要に日本経験者

2014/5/2付
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【ニューヨーク=杉本貴司】米フォード・モーターは1日、アラン・ムラーリー社長兼最高経営責任者(CEO、68)が7月1日付で退任し、後任に元マツダ社長のマーク・フィールズ最高執行責任者(COO、53)を昇格させる人事を発表した。2008年の金融危機後の経営再建にメドを付け成長軌道に乗ったフォード。経営陣には「マツダ人脈」がずらりとそろうことになる。

退任が決まったムラーリー氏には米マイクロソフト次期CEO候補の呼び声もあったが、1日は「今後の予定は決まっていない」と述べるにとどめた。創業家のビル・フォード会長(56)は留任する。

06年に米ボーイングから招かれたムラーリー氏がフォード再建の切り札としたのが「連邦経営」からの脱却だった。ジャガー、ランドローバー、ボルボ、マーキュリー……。地域や価格帯によってブランドを分散させるかつての経営と決別し、フォード本体に経営資源を集中させた。

ムラーリー改革を支えたフィールズ氏は米州事業を担当し、赤字の温床だった北米市場をドル箱に変えた。そのフィールズ氏がCEO昇格に際し「最強のチーム」と強調したのが、かつて日本の広島でともに経営の腕を磨いた仲間だ。

「マツダ・マフィア」――。00年代前半からフォード社内で使われるようになった言葉だ。フォードは1996年にマツダを傘下に組み込み、本社の広島に幹部候補を次々と送り込んだ。

バブル期の無謀な販路拡大が原因で不振にあえいでいたマツダの再建を果たしたこの「マツダ人脈」がフォードに戻り、次々と中核ポストを占める。筆頭格が99年に38歳の若さでマツダ社長に就任したフィールズ氏だ。

同氏がマツダで力を入れたのがブランド力の向上。マツダで横行していた無理な値引き商法からの脱却を進め、スポーティーな商品イメージを打ち出した。広告のうたい文句「ズーム・ズーム」は今もマツダのCMでおなじみだ。マツダの黒字化を見届けて02年にフォードに復帰した時には、将来のCEO候補と呼ばれるようになっていた。

フィールズ次期CEOを支えるのもマツダ経験者の面々だ。ボブ・シャンクス最高財務責任者(CFO)は、マツダ時代もフィールズ社長にCFOとして仕えた旧知の仲。12年末にフィールズ氏がCOOに就任してからは二人三脚で実務を仕切ってきた。

副社長級にも欧州担当のスティーブン・オデール氏、エンジン開発担当のジョセフ・バカーイ氏らマツダ組が陣取り、名実ともにマツダ組がフォードの実権を握る。

フィールズ氏はフォードでもマツダ時代に身につけた、徹底的な管理型の経営スタイルを取り入れた。

毎週水曜朝6時半からミシガン州ディアボーンの本社で開く早朝会議。販売や開発、生産担当の役員が顔をそろえる。フィールズ氏がCOO就任後に始めた。

毎回2時間以上に及ぶという会議では、世界中のリアルタイムの販売状況はもちろん、商品投入のタイミング、開発の進捗などの情報を各役員から直接聞き出す。ブランドごとにバラバラな戦略を取り、無駄なコストがかさんだ失敗を繰り返さないためだ。

自ら「短気」と称し、マツダ時代には年功序列と根回しが幅を利かせる日本の会社文化にも切り込んだ。その手腕を米有数の名門企業でも発揮できるか。

マーク・フィールズ氏 1989年、フォード・モーター入社。1999年12月に38歳でマツダ社長に。02年にフォードに復帰。高級車部門トップを経て05年から米州事業担当。12年12月に最高執行責任者(COO)に。ハーバード大経営学修士号(MBA)修了。

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